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親の“負い目”が辛すぎる…

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徒然思うこと

みなさんこんにちは✨

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新型コロナウイルス感染の再拡大を受けて、明後日から東京も再び“蔓延防止等重点措置”の適用となる見込みです。いま流行している株は軽症のケースも多く重症化はしづらいようだと聞き及ぶものの、やはり家庭内への持ち込みは出来るだけ避けたいところです。ここ最近は非常に近しいところでも感染の話を聞く機会が増えています。

いま私にとって重要なことは、私の息子はとても繊細な子供であることを考慮すること。一昨年の一斉休校時、彼は急激な環境変化に大きな混乱を引き起こしました。今回の感染再拡大にも息子が余計なストレスを抱えないよう、細心の注意を払いたいと注視しています。

さて、今日は昨年秋に報道された姫路市の特別支援学級における体罰・暴言事件の『その後』について思うところを記録しておこうと思います。

記事にあった、“学校に手が掛かる子を預けている”という負い目があったという親御さんの心境にハッとしたし、胸がギュッと痛くなりました。

わたし
わたし

負い目を感じるくらいに“余裕がない”ということなのでしょう。言いようのない不安や社会に対する負い目など、障害を抱える子の親はとても大きなものを抱えています。

そんな親御さんを支える方が、どうか近くにいてくれますようにと願うばかりです。

特別支援級での虐待はなぜ起こるのか

検証委員会による報告書がまとまった

私はどうも、特に学校などの公教育に関する場所・人を“性善説”で考えてしまいがちなのですがいかがでしょうか?

以前の記事(↓)でも触れましたが、息子の小学校から『体罰をしない させない 許さない』と宣言するお便りをもらって困惑したこともありました。

今年度の小学校の学校だよりの1項より
それって、当たり前に期待することではないのだろうか。

悩ましいね。

学校が、これをわざわざ宣言してくるという状況が。

逆にいえばこれは、『保護者に犯罪歴はございません!これからも犯罪は犯さないように努めます!』と保護者が宣言をするレベルであります。

ええ、是非そうしてください。言うまでもないわ。

そう言うレベルの話だと感じるのだけど、こうして学校が改めて宣言をするような状況ってやっぱり何かおかしいなぁと思ってしまうのは私だけの話でしょうか。

とはいえ残念ながら、学校という教育現場において“体罰”や“虐待”が起こりうることも現実のよう(↓)です。

今回は特別支援学級等に着目しますが、昨秋には姫路市内の小学校での事件が大きく報道されました。当サイトでも記録しました(↓↓)。残念だし遺憾ではあるのですが、我々保護者としては“こういうことが起こりうるのだ”と知っておくことは重要です。

この姫路市の事件については、その後11月には検証委員会が設置されたとのこと。

そして昨年末になり、60ページもの報告書がまとめられたとの報道もあり、その報告書は市のホームページにて広く公開されるとも書かれてありました。

根本には、見下して軽視する風潮があること

まとめられた報告書では、当該事件に至ったさまざまな要因が指摘されているようです(まだ原本を見つけることが出来てなくて私は未読であり、報道記事に基づき書いています)。

  • 教員の適正不足
  • 教員の多忙さ、余裕のなさ
  • 学校の認識の甘さ、隠蔽体質、対処の遅さ、ことなかれ主義
  • 適切に対処してくれる相談先の必要性

私はここに、一つ付け加えたいと思います。

発達障害児は、どうしても見下されたり軽視されがちな存在になりうることを。

サポートがうまく届かない理由も、おそらくそこにあると思う。当事者感覚を軽視するから。

姫路市の事件でも、この元教諭はこう釈明したということです。

『強く言っても動じないから』

動じてないわけないだろう!人一倍傷ついてるわ!

この“見下し”が、全ての根本じゃないかなと思ってる。

 

やっぱりね、一般的には“発達障害がある”と聞くと『=能力的に劣る子(人)』というイメージが先にきます。

だけどそれと“見下すこと”は全く別の話だと思います。

そりゃあ私の息子にも苦手なことや日常生活に支障をきたすことだって多々ありますが、それを他人に見下される筋合いなんかはないと私は思っています。

彼には苦手もあるけれど、出来ることも、なんなら人一倍得意なこともあるわけです。好きなものには夢中になるし、勉強も好きな科目は人並み以上に出来ますよ(興味が大きく偏ってるけど)。大きくなった今では体も丈夫、富士山までも淡々と登頂するほどの健康な体、それなりの根性も育っています。手を焼きますが、私にとってかけがえのない、何よりも大切な息子です。

私もそう。決して他人から見下されるような生き方をしてきたつもりはありません。

そりゃあ苦手もありますよ。でも、そんなの誰だって一緒でしょう?

世の中の在り方として、発達障害だとか定型発達だとか一切全部関係なく、全員が苦手なことをやらずに得意なことをやった方がいいに決まっています。理想的には。

そうやって生きていければ一番良いよね。支援というのは、そんなふうにあって欲しいの。出来ないことばかりに着目されて、軽視される筋合いはないのです。

親の“負い目”

とはいえ今回、関連記事の中に私が気づかなかった視点が見えました。

当サイトを介して知り合った方と当該事件について話題に出た際、このようなことを教えていただきました。

Sさん
Sさん

別の記事では、保護者の方が「手のかかる子を預けている負い目があった」とコメントされていて、やり切れない気持ちになりました。学校は定型発達の子だけのものではないと思うのですが…

そ、そんな『負い目』があるなんて!

これはとても衝撃でした。

私もさっそくその記事を探して読みました。

この親御さんは“手のかかる我が子”を預けていることに負い目を感じており、

息子からのSOSに気付きながら「我慢しようね」と慰めることしかできなかった。

2021/12/4 06:30神戸新聞NEXTより

と書かれていました。

負い目、か…親御さんも追い詰められている。

人一倍手のかかる我が子を、預かってくれているのだから文句は言えない。

なんて辛い気持ちだろうか。

 

そんな負い目を感じさせるのは一体何か。

それはやっぱり親である自分でさえも、子供の特性全てを受け止めきれないという無力感、疲弊、追い詰められた余裕のない心境からだろうと思えてきます。

私も先日書きました。長期休みは疲れると。

我が子とはいえ、その特性を全て家庭で引き受けるには親は相応の気力体力を消耗します。だから私も、学校はとてもありがたい場所だと思っています。先生方にもとても感謝をしています。息子が元気に学校に行ってくれたらホッとします。

だけど負い目は感じてないな…

我々はなにも特別ではない“既存のサービス”を利用しているに過ぎないのだし、その教員は“職業として”その子を担当しているに過ぎないわけできちんと対価をもらっています。保護者が負い目を感じる必要性はぱっと見は全くなさそうですが、それでもこの保護者の方が負い目を感じて耐えたことは事実である。

それってやっぱり、余裕のなさに起因するのだろうなと思えてきます。学校の居場所を失ったらどうしようとか思うよね。

 

よく考えれば、負い目があるのはわかります。

だって私も、時々かかる学校からの呼び出し電話を受けるときには緊張するし、学校に馳せ参じるときには化粧も直すし、着替える余裕があれば小綺麗なジャケットくらいは着ていきます、笑。優秀なことで呼び出されるなら薄化粧+普段着でパパッと行くさ、そりゃーね。だけど少々負い目があるから、身なりくらいは整えようとするのかも。

だけどさ、親の負い目はそんな程度でいいと思うの。

発達障害を抱えることが特別なのではなく、発達障害を抱える人を蔑視したり軽視したりする側こそが異常なのです。

負い目は我が子に向けるのではなく、どうかそちらに向けて欲しい。

堂々と、子供が幸せに生きていけるように協力して欲しいことを伝えて良いよ。

発達障害を抱える子供の全ての親御さんのご苦労を想いながら、やりきれない気持ちを抱えながら、そうなって欲しいなと願いました。

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