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中学受験、高校受験。
我が国の子供の進学の節目において、親子共に直面する試練の一つ。
私は色々な方のお話を聞く中で、こと高IQ児に関しては、これが一層、なかなかなんとも、一筋縄ではいかないことをありありと感じさせられます。高IQ児の受験では、地雷が多い。
今日は中でも、高IQ /ギフテッド児の特性に照らして見たならば、『これは明らかに、親側の失策だったであろう…』と、とても不憫?に感じてしまった事例を一つ、記録しておこうと思います。
私は最近、とても面白い子と出会いました。
詳細は控え、少々話をアレンジして、“あるお子様の事例”としてあくまで私の経験を書かせていただきますが、
その子は通信制の高校に通う、高校に入ったばかりの15歳。
こう言ってはなんですが、通信制高校に通う子は、不登校経験がある子や、その期間がかなり長かったりして年齢相応の学力が備わっていないこともままあります。もちろん学力だけが生きる術ではありませんし、学力が高い子も、それなりの子も、芸術に長ける子もいるし、なにより“人に好かれる”という最大の武器を備えている子もたくさんいて、私は色々なお子様に出会う中で、皆それぞれに好ましいなと微笑ましく感じています。
その中でも、今回着目するそのお子様は、その通信制の高校内でも抜群に、とにかく別格に学力が高い子です。国立大学の入試レベルの数学も、その子はじっと眺めたのかと思えばフンフンと良いテンポで鉛筆を動かして解答への道のりを掴んでいきます。私はその子の発想力に、本当に驚かされました。

恐ろしい瞬発力と開拓力だ。君、本当に15歳?どうなってんの?

なんでもやればできるんですよ。今までもずっとそうでした。

だけどその子は、『中学校には行っていない、ずっと不登校だった』と言いました。
こんなにも高い学力を備え、コミュニケーションもスムーズに取れるお子様です。だけどチラホラ飛び出している、気になるのは、親への悪態。思春期の年齢だし当然かもしれませんが。

ねぇ、なんで中学校に行かんかったのか、聞いていい?私の息子も不登校が長いのよ。
聞けばその子は中学受験を経験し、都内でも難関の超進学校に進んでいたというのです。

同級生と話や価値観が合わないとか、違和感とか、そういうことを経験した?
それとも教師か誰か大人の理不尽さが目についた?
私は高IQ児が経験しがちな“よくある事例”を挙げながら、無理のない範囲でいいのだけどと尋ねました。だけどそんなこととは全く違う、私にとってはなるほどという驚きのエピソードがその子からは聞かれました。

いや、そういうことはなかったです。

だけど私は、親からこう言われていたんです。
『中高一貫校に入ったら、もう大学まで安泰だ。部活動でも、なんでも好きなことをやって好きに過ごしていいんだからね』って。だからそういうものかと思って入りました。


だけど中学校に入ったら、すぐに大学進学の話をされるし、周りは「勉強!勉強!」という雰囲気だった。
だからすぐに気がついたんです。親が自分を騙したことに。それで嫌になっていきませんでした。


そっかそっか、そらそうなるわな。大変やったな。
それで君は、将来どうしようと思ってるの?

医者になろうかなって。まずは今の高校で自由にすごそうと思います。親はそれに勝手に金を払っていればいいだけです。

ええこれは、明らかに親の失策だったろうと思いました。その代償は、想像以上に大きくついたというわけです。
ギフテッド児は、深くて激しい感情の持ち主です。そうなってしまったらテコでも動かんのがギフテッド児というやつなのに、親はそれを見誤ったというわけですね。
この子は頭の良い子です。きっとどんな未来でも、多少の壁があったとしても、自分の思うように如何様にでも切り開いていくでしょう。しかし親は、その学資をどれだけ出しても、当分はずっと恨まれたままになるんだろうなと、私は親子の両者をとても不憫に感じてしまいました。
実は私は最近にも、別の方で、高校受験を控える子供を持つというお父様がこんなことをお話しになっているのを聞いていました。

うちも高校受験生なんで、日頃からこう言うてるんですわ。
『受験が終わったらもう勉強しなくていい、ずっとゲームもやっていい、だから受験日までは全力で勉強してくれよ!!』って。ははは!
いや、ハハハじゃねーわ。大丈夫か?
それは子供が自分で『受験が終わったら羽を伸ばすぞーー』と思うのは自由だけれど、親が言うのは違うんじゃないか?って違和感を感じていたものでした。そんなこと、軽はずみに言って大丈夫なの?とも思いました。
こういう言葉掛けは危険です。本音と建前、裏表は地雷ですよ、気をつけて。
それでももし。
もしも、子供がいわゆる“普通の”子供であったなら、進学後も周りに合わせてなんとなくやっていくのかもしれません。忘れてくれたり、そのうちにでも「まぁいいか」と、流してくれるかもしれません。
だけどギフテッド児はそうじゃない。彼らはそういう類の子供じゃない。
深くて激しく、非常に過敏な反応を見せる子供であることを(過度激動というやつですね)、親は踏まえて接するべきなのだろうと改めて感じさせられました。
また、彼ら彼女らの行動原理の背景には、“自分の納得”というものが必ず要ります。
そこが崩れてしまったら、もう全てをフルスイングで放棄しうるのもまた彼ら彼女らの特徴的な一面です。
別の方ですが、以前に話をしていた成人ギフテッドの男性が、こんなことを話していました。その方は、幼少期にご家庭の方針により小学校受験をしています。小中高と、いわゆる名門校といわれる学校の卒業生。もちろん大学も国内随一の医学部を卒業されています。

私も、今でも忘れられない親の一言があります。

小学校受験の時、校門に入る前に親に言われたんです。
『落ちても大丈夫なんだからね、頑張ってね』って。

親は緊張をほぐそうとしたのだとはわかります。だけど僕は緊張していたわけではありませんでした。
むしろその一言で、「落ちても良い試験を受けさせるの?落ちても良い試験で僕は何を頑張るの!?」と激しく感情が昂ったことを覚えています。

繰り返しになりますが、ギフテッド児の受験には、地雷が多い。細心の注意を要します。ことギフテッド児に関しては、不用意な親の一言が、「ハハハ」では到底済まされない、そういう事例もあり得ることを、親はあらかじめ知ることができたならばもっと上手く促せるのかもしれませんが、それもまた現実にはなかなか難しいことも多々あります。
ギフテッド児も難儀ですが、本当に、親というのも難儀な立場でございます。
私もこれまで多々の失言を発しながら、今なお、息子を促せずにいるままです。
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