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#20 他の人には解らない

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息子の特性に気づくまで

みなさんこんにちは✨

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今日は昨年(2020年)の我が家の混乱、息子の異変についての経緯を引き続き記録しておこうと思います。

 

2020年3月。新型コロナウイルス感染症の流行に伴い決定された“一斉休校”をきっかけに、私の息子はこれまでにない取り乱し方をしました。

非常に辛い時期でした。

だけど学校が再開しさえすれば、きっと息子は元通りの元気な子供になるはずだ。

我が家はそれだけを心の頼りにずっと耐えてきましたが、学校が開いても未だに週2日、半数ずつの分散登校。息子の状態も安心できる状況に向かう様子は決して見られませんでした。(これまでの経緯は『発達障害に気づくまで』の一連の記事をご参照ください↓)

6月になり、5月上旬に倒れた実母の生活も徐々に落ち着きを見せました。

そして実母は今の施設から退去しなくてはならないことになりました。

その後、母をどうするか。

私は息子をどう支えるか。

私には仕事だってあるというのに、色々なものが、次から次へと降ってきます。

 

全てのことが他の人に任せることも難しく、また、事情を話しても他の人にはうまく伝わらない。私は窮状を人に適切に伝えることができませんでした。

辛い生活は続きました。

そのような状況の中、我が家ではずっと決断できないままだった『中学受験からの撤退』を、息子の落ち着きとともにようやく決意することができたのも、この頃の重大な出来事でした。

息子の登校

学校生活が不安で不安で仕方がない

6月になり、あれほど待ち望んでいた登校再開が叶いました。

だけど初日の息子の様子から、そう楽観できる状況ではないという現実を私は痛いほどに感じていました。(↓前回の記事をご参照ください)

突然の、本当に急に決まった休校であれほど取り乱した息子です。

その学校が再び開く時だって、息子には息子の、親にも他人にも分からないなんらかの困難が伴うのだろうなと感じてはいました。

学校内でも、分散登校によってランダムに半数ずつに分けられたグループにおいては息子が気を許せる友達がいなかったことも不運でした。息子は幼い時から、誰とでも気楽に話せるタイプではありません。そんな数少ない貴重な友達が、彼の登校再開を支えてくれるわけではないのです。

この頃の息子はなお、危なっかしいほどに不安定でした。

 

学校再開から2回目の登校となった6月5日、私は息子の登校に後ろから付き添って行きました。授業の様子も、ずっと廊下で見守りました。

教室での息子はそっと大人しく座っていて、積極的に授業に参加することはないものの混乱はせずに先生の指示に従うことができていました。

だけどまた、いつあの大爆発が家の外で起こるだろう。

そうしたら彼の学校生活は、いったいどうなってしまうのか。

私がそれが気がかりで、とても気が気ではありませんでした。

 

分かっています。任せていくしかありません。

スクールカウンセラーの方に、担任教諭に、何より息子に任せていくしかないのです。

私だって私自身の日常を、少しずつ整えていかなくてはなりませんでした。

事情をうまく伝えられない

息子は案外、思ったよりも早々に学校生活に順応しました。

やっぱり学校に行けば楽しいこともあるのでしょう。家に居るよりは良いのでしょう。

確かにしばらくの間は一層ぐったりと疲れて帰って来たけれど、息子は息子なりに、きっと精一杯順応しようとしているのだなと少しずつ安心して見守れるようになりました。

翌週半ばの登校日。

その日息子は朝から1人で家を出て、きちんと学校に行きました。私はその日は付き添わず、息子が学校に行っている間に私は自分の職場へ行きました。

私自身も、何ヶ月ぶりかの出勤でした。

 

研究所は、すっかり元の通りでした。私だけが動いていない以外は。

私のここしばらくの事情についてはメール等でも既に上司に伝えていましたが、改めて話をしておく必要性を私は強く感じていました。

この休校中、息子の様子がおかしくてとても目が離せない状況になっている。背景には発達障害があるかもしれず、専門機関との面談等がこれから入ってくる予定である。

母の介護は訪問看護や食事の手配が完了して、だいぶ状況が改善してきている。だけど少なくともしばらくは、学校が本当に通常化するまでは、私はフルタイムで出勤することは難しい。

私はそのようなことを、伝えました。

  

そんな私に、上司はアドバイスとして、このようなことを言いました。

子供はほっときゃ元に戻るっしょ。

学童には行っていないの?子供には『当たり前だ』と教え込んで、毎日行かせればば良いんだよ。うちは休校中も毎日行かせていたけど、行くのが当たり前だって言えば問題なく行ってたけどね。

あと発達障害?彼は普通でしょ。今まで何回も会ったけど。

  

『そうだったら、どれだけ良いか、分かりません。』

私はそう言ったのだったか心の中で思っただけだったのかは今では覚えていませんが、この時の私はとにかく弱っておりましたので、

私のやり方が悪いのだ。私が家で抱え込んでいるから、だからうまく行かないのだと、そう言われたように感じました

他の人なら、きっともっとうまくできるんだろう。

私が無能だから、息子のことも仕事の工面もできないのだ。

私はもっと息子を外に出すなり、そうして工夫して自分の仕事の時間を作るべきだ、その努力を怠っていると言われたのだと、もちろんそれはそうだし言われて全く当然ですが、それが出来ていない自分が本当に本当に不甲斐なくて、胸がギューーーッ…と締め付けられた感じがしました。

 

そうは言っても、現実の息子はそういうものではなかったのです。

今の息子を学童のようなあんなワチャワチャのところで何時間もを過ごさせて、それで何事もないなんてやっぱり無理だと感じていました。

学校だけであんなにぐったり疲れてくるのに。

だからと言って、家に1人で置いておくなんてもっと無理。

私は私の時間を得るために一体これ以上何ができるだろうとずっとずっと考えたけど、私は結局堂々巡りで何も答えが得られません。 

結局は日々できることをやりながら、時間が経過するのを待つしかないのだろう。そう思うことしかできませんでした。

 

この日も私はデスクの上の書類や郵便物を片付けただけで仕事はせず、息子が帰るお昼前には自宅に帰るために早退しました。

そんな何もできない自分が、とても辛く悲しく無力に思えて心がとても沈みました。

実母の退去が決まって

次の移り先はどうされますか?

そしてこの頃。

5月上旬に低ナトリウム血症で倒れ、コロナウイルス感染騒動を引き起こした私の実母は今の施設を出ることになり、新しい生活先を探すことになりました。

母は退院後、訪問看護等を受けながら今ももとの精神障害者のためのグループホームで生活を続けておりました。

そもそもこちらのグループホームは精神障害を抱える人が『自立』を目指すための施設であって、あくまでそれも期限付き(“通過型”という施設でした)。その期限が、1年未満とそろそろ迫ってきていたのです。

それに加えて、母は自立どころか最近は食事も身の回りのこともできる状態ではありません。

介護、少なくとも介助がないと生活を回すことができない人を、自立を目指すことが目的の施設にはもう置いておけないのだろうと思いました。

 

しかし、

次の移り先は、どうされますか?

そう施設の方から話をされて、納得してはいたけれど、私はとても困りました。

どうしよう。

だけどなんとかするしかない。

『検討します。最大で、何月何日までその施設には居られる契約でしたっけ?それまでにはなんとかなるよう探してみますし、そちらでも何か情報があればどうか教えて下さいますようお願いします。』

私はそう言い、どうすれば良いのか頭の中で様々な手段を算段しました。

 

本当に、次から次へと、色々なことが降ってきます。

そう言われて素人がパッとインターネットで検索しても、母はこの時まだ64歳で要介護認定も付いておらず、老人用の施設には入所は難しいことしか分かりませんでした。ましてやふんだんに使えるお金があるわけでもありません。

まずは私は、母が今のグループホームに入所した際に大変お世話になっていた地域の保健師さんに連絡を取り、どのような選択肢があり得るのかについて、情報を全てまとめてもらえるようにお願いしました。全てこちらで問い合わせをしますので、どうか、わずかでも可能性がある選択肢を考えつくだけ挙げて欲しいんです。そう、お願いをしました。

加えて私は区役所の福祉課に問い合わせること、NPOなどで頼れるところがないだろうか、ちょうど都営住宅の抽選申し込みがあるとわかったのでそのための書類を作ったりも出来そうだな…などの手段を考えていました。

母の意見は足しにならず

念のために、母には『この後どういったところで暮らしたいか?』と意見を聞いてみました。

すると母は『どうでもいい』と言った上で、

『やっぱりこの辺で暮らしたいわ。便利やもんなんでもするから、働きにも出るから、なんとか東京に置いてくれ

とボソボソした声で虚な表情のまま言いました。

 

はいはい、すみませんね。

自分の布団も上げられない人が、働いて生活を回せるなんて思えません。東京の街の便利さを享受できるとは思えません。

私は心の中でそう思いました。

母本人が想定している現実は、現状からはまったく相違があるのです。

都営住宅も厳しいかもな。それは私が毎日でも通う前提になってしまうだろう。やっぱりちょっと難しい。

やっぱり65歳未満でも入所できる老人ホーム、または障害者施設を探さなくてはならないな。できるだけ経済的なところを見つけて空きがあるかを問い合わせていこう。

私は、ふぅ、とため息をつきました。

中学受験の撤退へ

息子が話し合いをできるくらい落ち着いた

6月初旬から中旬にかけて。

ずっと集中できていなかった中学受験、SAPIXでの学習について、ようやく息子は話し合えるくらいにまで落ち着きを見せていきました。

息子は春先からずっと調子を崩していました。

みるみるうちに生活力を失って行き、これまで食事も取れない状況であり最早全く勉強どころではない状況が続いていました。

 

実際に4月の塾のテストの頃にはもう、息子は完全に無理でした。

この時に私と夫は、もう受験は無理だと気付いていました。

だから息子に対して塾を退塾し、我が家は中学受験は諦めることを5月のうちに既に提案しておりました。

だけどこの時の息子はこれを全く受け入れられず、とても大きなパニックを起こしたのです。(↑以前の記事をご参照ください)

 

だからそのまま、我が家では退塾については保留のままにしていました。

緊急事態宣言中も、開きもしないテキストが郵送で次々と送られてくるものを私は沈んだ気持ちで整理だけは続けていました。

息子が、退塾を受け入れない。

だけど本当は。

私自身がまだ心の整理ができていないのだと、私はとっくに気が付いていました。

学校が再開しさえすれば。

学校が通常通りに始まりさえすれば。

絶対に息子は元通りの元気になるに違いない。

そうしたらきっと以前のような明るい表情で『友達と一緒に東京大学に行くんだ!』とまた笑うのではないかと。

誰でもない私自身が、それを諦めたくなかったのです。

 

退塾を保留にしてきたのは、私が、息子のあの笑顔をもう一度見たかったというだけだった。

私がただ期待していただけなのだ。

だけど、それはもう難しい。そのことをもう、私は受け入れなくてはならないのだ。

この頃の私は、

とっくにそのことに気づいていたのです。

 

だから、もう塾はやめよう?

中学受験は幸せに生きるために必須ではないの。今はあなたの心が、できるだけ軽くなることの方が大切なのだと思っている。

 

私は改めて息子にこう提案しました。

緊急事態宣言が明けてからは、SAPIXも通常通りの対面授業が始まっていました。息子は行ったり行かなかったり。行ってもぐったり疲れてしまい、授業もずいぶん進んでいて、ついていけていなかったみたいでした。

そして今度は、息子も私の提案をすんなりと受け入れることができました。

塾講師にはわからない

翌日、私は落ち着いた気持ちで塾に電話をし、退塾の意向を伝えました。

その日の夕方、“息子の担当講師”という方から改めて私に電話がありました。

話の内容としてはこうでした。

『息子君はこれまでとてもよく頑張って来ているし、春にはグッと成績が上がってクラスも大きく上がりましたね。授業でもとても良い着眼点の発言をしてくれるムードメーカーだと感じています。

退塾はもったいないので、もう少し頑張ってみてはいかがですか?

 

息子の頑張りを褒めてくださるのは嬉しいです。

だけど私は、いったいそれはいつどこの誰の話をしているのだろうと、ぼんやりとその電話を聞いていました。

 

息子は3年生の2月に入塾し、1月半ほど通っただけで塾は休校、オンライン授業へ移りました。

それから息子はみるみるうちに顔つきだって変わっていったし、塾の授業を、画面の向こうでどんなふうに受けていたのかは私にだってわかりません。

私もその“担当講師”という方のお顔は知りません。

向こうもこちらの異変は全然知らなくて当然だろうな、と思いました。

 

『でももう、本当に本当に無理なんです。そう言ってくださって嬉しいです。今まで、ありがとうございました。』

こうして息子の退塾手続きを済ませ、我が家は中学受験への挑戦から撤退することを受け入れました。

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