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学校に行っても行かなくても構わない

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不登校

みなさんこんにちは✨

私たちの住まいの地域では、子供達が通う小中学校は前期と後期の二期制です。息子が通う中学校でもつい先日にようやく“期末テスト”がありました。

テストの結果はまぁ、どうでも良いです(←笑)

面白かったのが、彼は独学により特に数学と英語は学びがとても早く、親から見てもそれなりに理解していると思われることもあり、

息子
息子

今回の期末テストは、数学と英語は特に勉強しないつもり。

労力の配分を自分で決められて、成長したね。

と、息子本人はそう舐めてかかっていたものの(笑)、蓋を開ければ英語は単語のミスがかなりあり、

息子
息子

数学も、なんか結構難しかった。

それでも彼はそれなりの点数は取ってきていたようですが、どこか不満顔の様子です。学校のテストはまた異質なものかもよ?次に活かせば良いじゃない、あなたが高得点を取らなくても誰も何も困りはしない。今回の期末テストもまた、彼なりにまた学びとなる経験となっただろうと微笑ましく見ております。

そしてさらに面白いのが、その期末テストが終わった途端、息子はパタリと学校に行かなくなったこと🤣(←笑っている場合ではない、笑)

燃え尽きるほど勉強していたふうではないが、多少の疲れは出たのかな?

だけどここで言えることは、彼は彼のペースで登校することを掴みつつあるのだろうということです。

同じく、お子さんの五月雨登校を経験している友人もまた、言いました。

Mさん
Mさん

押さえるべきところを押さえればいいのよ。
これからの時代の仕事もそうじゃないですかね?長時間労働が美徳とされる時代も変化している気がします。

そう、ただ行けば良いってもんでもない、今はまだ。息子は自ら押さえるべき要所を押さえた、えらかった。

もちろん大人になって仕事となるとそうも言えなくなり得ますが、早くから社会の縮図の中で育っていたら気づかないままに過ぎてしまうものもあるでしょう。子供のうちから現実に適応させるばかりが教育ではないだろうと思います。

今の息子は、学校に対する恐れや怒りを含む負の感情が溢れ出しているというわけでもないし(←大事)、健全だろうと感じているのが今の私の本心です。

母は母でやることがあるのさ、ということもまた影響していると思うしね。

それでも私も、息子が小学生で不登校を選択したあの頃は、口では『行かなくて良いよ』とは言うものの、

『塾も習い事も辞めてしまうのであれば、学校くらい行きなさい(命令口調)』

『せめて生活リズムは崩さないで』『せめて家では何かしろ』

そう思っていたし叫んでいた時期がありました。当サイトへ以前からお立ち寄りいただいておられる皆様には伝わるだろうと思います。

もちろん『せめて』とか『何か』というのも非常に重要なことではあるのです。その点では我が家では、不登校の息子に家事を教えて中心的な役割を担わせることに決めました。結果的にこのことは、息子に最低限の生活能力もつきましたし、その能力は働く糧にもつながります。何より家族の一員として役割を担うことを当然であると思えるように育ってくれたと思うため、良い取り組みだったと思っています👍

最近も、息子は学校に行かない日には家で自然と家事をします。(←登校する日は進んで家事をすることは少ないです、わかってらっしゃる🤣)

とても健全であるし、平穏だと感じています。

だから私も、もう何も言いません。

今の私は本心から『行きたければ行けば良いし、行かなくても全く構わない』と思っています。繰り返しますが、早くから“普通”の社会に適応させることばかりが教育ではないのです。

その心境に至る一つのきっかけは、友人に言われたこの一言です。

Mさん
Mさん

我が子らは、行けと言って行く子ではないですからね。テコでも行かない。

わかる、ほんまそれ。

テコでも行かないなら、考えるだけ動くだけ、時間と労力の無駄なのです。お互いに嫌な気持ちを残すだけだし、理詰めで詰めても息子は行かない。彼は彼の軸でしか動くことはしないという人間です。

そして、私と息子は親子といえど他人であると割り切ることも大事です。これは他人事と見捨てることとは全く違い、『私が良いと思うことが、彼に良いかはわからない』と捉えることだと思っています。私と息子は世代が違うし性別も違う、遺伝子的には兄妹にも個体差はあるとは感じるが、何より時代が違います。ビジネス環境は変遷し、使うツールも、何から何まで私が育った昭和〜平成の時代とは違うのです。

そして、これからきっと時代はますます変化します。今大人である我々はその“変化”とやらに振り落とされまいとしがみつくことが精一杯となるはずですが、いつだって、変化の主体は若い世代であるはずです。そう、つまり今の息子が“変える側”、親である私はすでに“しがみつく側”に過ぎません。

だったらもう、私が彼に教える“良かれ”ってなんだろう?と思えてきます。

言い換えれば、彼がこの先70年以上を生きていく“種”の時期に親として備えさせたい普遍的な能力というのは何なのか?

きっとそれは、健康な体の維持管理、新しいものを取り込むレセプターを設置して、グローバルでダイバーシティな社会の住人としてふさわしくあるよう他者との違いを認め受け入れるための柔軟な知性、互いに尊重し理解し合あうためこその自分軸

学校じゃなくても、得られそうだと思えてきます。

っていうか、渋々学校に行くくらいなら、いっそ学校には行かないでそれらを自分で考えるためのゆったりとした時間を確保できた方が良いんじゃないか?

未来は常に読めませんが、不安定な未来に向けてこそ、自分の信念で凧をあげられる人になってほしいと思います。

 

結局のところ、私はあなたに正しい“良かれ”を教えてあげることはできないの。それにようやく気がつきました。

だけど一方、親である私だからこその信じられない力もあるの。どんな時にも、いつだって、私はあなたの後ろに控え、帰る場所があるという安心感を提供するし、後方支援も惜しまない。私はあなたが誰より大事な母親だから、あなたはそれを無条件に最大限に使ってもらって構わないし、私自身もあなたのためにどんなこともできるのだとその力を信じる他はないのだろうと思ってる。

結局のところ、親は実に無力です。

だから私は今の息子を、少しだけ後ろから支えながら、そのまま見ていようと思うのです。

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