みなさんこんにちは✨
私の息子は現在中学1年生。息子は、幼い頃から“ちょっと変わった子供”でした。
ちょっと変わったというのは例えば、みんなで遊ぶよりも読書好き、こだわりが強く、関心に偏りがあり、癇癪も強くて、(本人なりには一生懸命やっているようでも)ちょっと社会性に難しさがあったりもして(←それは私もそう。親が親なら子も子である)、そんなこんなで彼はいよいよ学校という場に疲れを感じてきたのでしょう、息子は小学生の高学年と、中学生になってからは心を奮って半年ほどは登校したが最近は再び完全不登校となっています。
彼には発達障害、特に自閉スペクトラム症に見られるいくつかの特性もあるのですが、彼の特性を他者が考察する上で、IQが非常に高いという点も考慮すべき視点だろうと思っています。
彼の認知能力の高さについては、独学が可能であるということが親としても驚かされる部分です。
息子は学校という場からはずっと足が遠のいていますが、小学生で参考書をチラリと読んで英検3級に合格するとか、英検の準2級では私も主に英作文に多少の指導をしましたが、中学生になったばかりの子供が特段の習い事をしなくても突破する、数学検定の3級も受けてみたらすんなり通る、ってなんじゃそら。
あー、だって本を読んだし過去問も見たし。
いやいや、大半の学生はそれらを学校でヒーヒー言いながら学ぶんだ。理解力と吸収力が、とにかく高い。
しかし、息子のようないわゆる”ギフテッド”といわれる子供たちは、優等生とは全く異なる人種です。
理解力はとにかく高いが、彼ら/彼女らの特徴は関心や意識が向くものにしか意欲は1ミリも出てこない、関心外の物事についてはポンコツである。その凹凸は面白いほどに極端です。
主要5教科を、バランス良く?無理なんだよなー、そういうことは🤣
あ、どんなに良かれと思っても無理強いはしない方が良いですよ→耐えられなくて全てを放棄してしまうから(マジで😢)。
それでも。
今の息子については、学校に行かなくなっても割と安定しています。小学生の不登校時に一時的に低下した読書欲も取り戻してきている様子だし、とりあえずと独学で学ばせている英語もそう、この秋から高校数学に突入した数学についても『もう少し進めていく』と彼は自ら話しています。
英語は好きでもないけど嫌いでもない。とりあえず英検は準一級くらいまで取れたら取ろうと思ってる。
数学ももう少し進めるけど、どこまでやるかはわかんない。
そうなのか。好きでもないけど嫌いでもない、大いに結構。それでも今の息子が「多少の時間はかけてもいい」と思ってくれているものが何かしらでもあるのならば、十分ではないかと思います。(その10倍以上の時間を「ゲーム」に費やしているけどね🤣)
息子が安定していると、私もとても嬉しいです。思春期を抜け、主治医との関係も良さそうで、数学の家庭教師の先生とも信頼関係を得つつあり、最近では『実は、興味があることがある』と言って極めて稀でも自ら外にも出ることもありました(↓)。本当に少しずつではありますが、息子の視野は広がりつつあることを感じます。
私は、自身の実体験からもそうですが、人との出会いがいつか彼を飛躍的に成長させると確信を持って待っています。いつかそんな日が来るかもしれないと、期待しないように期待をしてしまいます。
『あなたの好きにしたら良い、私はそれを全面的に支えるだけだ。』
私は、13歳になった息子にそう伝えていくことしかできません。
最近出版された下記の書籍(↓)にも書かれていました。以前にギフテッド児の社会情緒的支援に主眼を置くSENGの学会でことさらに強調されて発信されたメッセージは、
“子どもの意思決定を受け入れ、流れに任せなさい”という、そんなメッセージであったそう。
それも、今の私にはようやく理解でき始めている気がします。
学校へも馴染みにくい、能力は無いわけではなさそうなのに(大人の思うようには)動かない、そう、彼/彼女らは自分の意思でしか動かない。だけどもしも、もしもいつか動き出す日が来たとしたら、その推進力はとても強いと思われる。そんな彼/彼女らに、周囲の大人ができることは多くないことが実際なのかもしれません。
- アンテナだけは高く張ること(彼/彼女らに適切な情報を与える用意はする)
- 環境を調整することを考えること(心の安定が何より優先、そうでないとスタートラインにも立てやしない)
- 『どんなことでもあなたの好きにしたら良い、助けが必要ならなんでもするよ』と言い続けること(親はいつも味方であると当たり前レベルで知らしめる)
どうか、好きなところへ飛んでいけ。心身の健康には気をつけて。私は息子にそう言い続けたいと思っています。
さて、そんなもしかしたら近い将来に助走をし始めるかもしれないと期待してはいけないけれど期待される私の息子ですが、私から見て、その飛躍を妨げていそうな彼の癖(?)が気になります。
それが今日の表題です:『習ってない』がなぜか抜けない。なぜだ?
息子は、最近では特に数学の学習がものすごいペースで進んでいて、家庭教師の先生に基本と本質をちょいちょい習って自宅で独学を進めていますが、
おそらくちょっと難しい問題に出くわしたりした時でしょう。時々こんなことを言いながら、息子はカッと怒り始めてしまいます。
こんなの習ってない!絶対やらない!!💢
この“習っていない”という思考停止の理由付け自体は良いのですが(良いのか?笑)、私は息子がその時いつも怒っていることが気になります。習っていないのは当たり前。何をそんなに怒ってる?
だって、もう高校生の数学なんでしょ?調べてやるか自分の頭をフル活用で考え抜くしかないやんけ。
大変微力ではございますけれども、お母さんかお父さんが一緒に考えたら少しは分かる可能性はあるかもよ。見せてみる?
やらないっ!!こういうのは、やらないことになってるの!!
はいはい、家庭教師の先生にメールで質問してみたら?
やらないーーー!!
当初は私も、『集中力が切れただけでしょ』とか『分からなくて悔しい気持ちがコントロールし切れてないだけでしょ』とか結構気楽に考えていましたが、
たぶんですが、もしかしたらそういうことでもないのかなーと感じ始めたのが最近です。もしかしたら、ですけれど、誰か彼に要らぬことを刷り込んだ大人がいるかもしれない🤔
息子がふと、怒りながらこんなことを言いました。
『普通』はさ、習っていないことはやらないの!僕は普通だから、やらないの!
いやいや、ここで私が『あなたは普通じゃないよ👍』とか言おうものなら火に油(←思っているけど言いません🤣)。息子はずっと幼い頃から“普通”に憧れ続けてきた子供です🥲『大丈夫だよ』とは言ってやりたいが、そのタイミングもはかる必要はあるでしょう。
だけど何?
習っていないことは“普通は”しないって言いました?
いつ、誰がそう言った?
普通って誰だよ。それはあなたの意見ですか?それとももしやこれまでに、小学生の時にでも、そういう刷り込みをされてきたのか?
そういえば、当サイトを介して知り合った同じく高IQで五月雨登校のお子さんも、自分は読めるが学年としては未習の漢字に異様に反応したことがあるという話も聞きました。学校でまだ習っていないことはしてはいけないからと、全ての漢字にふりがなを振らないと落ち着かなかったというのです。
そんな話が複数あるので、学校の教育現場でそういう指導があるというのはおそらくですが事実なのかもしれません。
皆様の周囲ではどうですか?“そんな指導”がなされていそうだという感覚なんかはありますか?
私には、学校でどんな場面でどんなふうにそのような指導や刷り込みがなされているのか、されていないのかも確かなことは分からないのですが(近いうちに調べたり考えたりしてみたいと思っています)、
ただでさえ繊細な子たちなの、どうか学校は余計なことはしてくれるなよ…。
という気持ちだし、彼らにはもともと種々の壁があるのだけど“こんな些末な壁”さえもあるのかと不憫です😢それを乗り越え、大丈夫だと思えるまでに今少し本質とは関係のないエネルギーを消費するかもしれませんが、学校教育とは別に学ぶとはそういうことです。
大丈夫、あなたはとても素敵な子。心配しないで好きなようににやったらいいよ。
私には、自立し始める息子にそう、伝えていくことしかできません。
ーーー書籍紹介ーーー
たまたま手に取ってこの週末に読みました。“天才”や“奇才”と言われる人たちになんらかの発達障害の特性がありそうなことはよく言われていることですが、とにかく古今の偉人が列挙してありテンポ良く、視点も多様で面白く、一気に読んでしまいました👍多様性を受け入れる周囲の器量もそうですが、エンジンがかかった本人の勢いもまたありありと感じられて頼もしいと感じました。面白かった、たくさんの人に読んでほしいなと思います。
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