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発達障害: 大人になればマシになる?-私の場合 その2

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息子の特性を理解する

みなさんこんにちは✨

今日も当サイトを見にきてくださり、ありがとうございます✨

さて、先日の続きを少し書きたいと思います。

先日、私は当サイトの記事(↓)で

私

息子も経験を積めば少しは丸くなっていくのかもしれないけれど、まだまだ接する側の忍耐と工夫が必要な段階のだと理解しました。

と書いたことをきっかけに、『では同じような発達障害傾向を持つ私の特性は、成長に伴いどうやって丸くなったのか?』というコメントを投げかけてもらいました。

今日はせっかくの機会なので、私自身の特性について考察し、私の意識が変わったきっかけを追っていきたいと思います。

わたし
わたし

今日は小学校高学年〜中学生頃までを追ってみようと思います。

自分の意見がどうしても言えない

苦手だった発言の場

子供の頃の私は、頭の中では言いたいことが回るのに、それがどうしても口から出なくて口数の少ない子供でした。

兄弟や幼馴染以外には、気兼ねなく接することが出来る友達もあまりなく、集団の中では非常におとなしい目立たない子供だったと思います。

自分の言葉で話すことが苦手でした。特に、“自分の意見を言う”ということ自体が難しかった。人に挨拶をするときでさえ『これで良いのか?これで合っているのか?』と頭のなかでグルグルと考えが回ってしまうような子供だったので、“自由意見”というものはものすごくハードルが高かった。

小学6年生の時、委員会活動の係を決める際になぜか私は『生活運営委員会(だったかな?)』という生徒会のような集団の中に入りました。高学年のクラス代表が1-2名ずつ集まって、学校行事の企画や運営をすることが仕事でした。

本当は、他の当たり障りのない委員会に入りたいと思っていました。

だけど他の委員会はクラスのなかで仲の良い組み合わせの男子や女子が友達を誘い合わせて決まってしまい、私はクラスの中で“余った枠”に一人ポツンと決まりました。

 

顔合わせということで生徒会室に集合し、自己紹介から始まりました。この委員会で覚えている出来事は2つあります。

一つは夏休み前に校内美化の活動をするということで、どのような活動が効果的かを意見を出すように求められました。

私は、何も思い浮かびませんでした。これをやれ、と言われたらやることは出来るのですが、学校全体として何をやるかなんて私には全く思い浮かびませんでした。

だけど端の席から順に指名され、意見を言う順番が近づいてきました。

隣のクラスの代表の中川さんという女子が、

『クラスごとのオリジナルのゴミ箱を製作し、廊下に設置すると良いと思います』と言いました。

次は私が指名されました。私は、精一杯の対応で、

…中川さんと同じですと言いました。

ゴミ箱を作った記憶があるので、その時はその案に決まったのだと思います。

もう一つは、夏休みが明けて運動会の準備のための企画運営が始まった時です。入場門や応援幕の作製スケジュールと分担について話し合いが持たれました。

『6年生は最後の運動会なので中心的に動いてください、6年生は意見を出してください』

そう言われて、また端の席から順に指名され、意見を言うことが求められました。

私はもう頭が真っ白で(←そもそも運動会は好きじゃなかった)、何を言えば良いのか、何を求められているのかも分からなくてずっと下を見ていました。

私が指名された時、やはり私はこう言いました。

…中川さんと同じです

その途端、委員会の担当教諭がものすごい勢いで怒りました。

『あなたはいつも中川さんと一緒なの!?6年生でしょう!意見を言うまで座ってはいけません

そう言われて、だけどますますどうして良いか分からずに、私はずっとその場で立っていました。

その日の委員会はとても遅い時間になっても終わらなくて、みんなが下を向いてずっと私が何か言うのを待っていました。だけど私は、そのまま何も言えなくて、ずっとその場で立っていました。

場面緘黙症というらしい

前回の記事を書いた時に、当サイトをみてくださっているという方からメールで教えてもらいました。私が子供の頃のこのような状態を、『場面緘黙(かんもく)症』というらしいです。

症例として名称のある疾患だったのか。

私はそう驚いたし、少し調べてみると大いに当てはまることが多くありました。これだ、たぶん。(私にとってはもう済んだ話だけど。)

場面緘黙:

  • 話す能力や理解力にほぼ問題がないが、学校や先生の前などある特定の社会的状況や場面においては口を閉ざしてしまう、もしくは喉が締めつけられたように声が出ない、という症状
  • 発症例は200〜500人にひとりほど。
  • 専門家でさえも普通の引っ込み思案と場面緘黙を見分けることが難しく、内気な性格としか認識されないことが多いため発見や治療が遅れやすい。
  • 場面緘黙児の68.5%に発達障害の併存が見られる。
  • 医学的には不安症群という精神疾病に分類されるが、現在日本では“発達障害者支援法(2004)”の支援対象に含まれており、関連した支援を利用することが可能である(←見直しの動きあり)。

出典:角田圭子編(2008)『場面緘黙Q&A』学苑社,Kristensen,H.(2000)Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry 39, 249-256,中嶋裕子(2015)場面緘黙児への支援に関する一考察.

いずれにせよ、ものが言えない子供にとって、しかもそれが自分だけである(←私はみんなそうなんだと思っていました。「どうしてみんな話せるんだろう、私の努力が足りないのだな」といつも悲しい思いをしていました)ということすら認識できない子供にとっては周囲が気づき、適切なサポートをしていかなくてはなりません。

だけど私の場合は時代的にも地域的にも、そういう配慮はない感じだったなぁと思います。

私はそんな複雑な思いを『早く富山を出たい!』という気持ちに向けることで、また、実際に富山を出ることで生きづらかった子供時代を清算したような気がします。

未来は明るい。自分の力で、どこまでだっていけるよって今の私は強く実感しています。

中学生になって

自由度が上がったという喜びを感じた

さて、話は戻ります。小学校を卒業し、私は中学生になりました。

中学生になることは特段何の思いもありませんでしたが、小学校の卒業式の時に幼馴染の一人だった女の子が可愛いスーツを一緒に選んでくれて、卒業式のための髪型をセットするために美容室にも一緒に行こうと誘ってくれたことが嬉しかったので、彼女とその写真を見返したりして春休み中はとても楽しく過ごしていました。

 

私が通った中学校は富山市内でも少し街中にあるマンモス校で、一学年が450~470人程度、クラスは12クラスもある大所帯でした。

自宅から4km程度の通学距離があったので、私は自転車を利用して通学しました。

これが結構楽しかった。街中方面に自由にいくことが出来るので、私は毎日のように通学途中にある本屋さんに寄りました。その本屋さんの近くに住んでいるという新しい友達も何人かできて、一緒に帰ったりもしていました。機動力が格段に上がったような、そんな自由を感じました。

少し自信を持った部活動経験

母に言われて、私は部活動にも入りました。特にやりたいこともなかったので、母がおすすめの部活動に決めました。私は女子ハンドボール部に入りました。

部活動では、初めて出会った“先輩ー後輩”という新しくかつ理解不能な関係に一瞬躊躇しましたが、それについては事前に情報を得ていたことと、幼馴染の女の子が一緒に入ってくれたのでそれなりに適応することができました。

これまで運動らしい運動をしてこなかった私にとって、初めてのスポーツの経験でした。初めはどのように体を動かせば良いのかが全くわからず何もできないままでしたが、周りをよくよく観察し、運動に際して、体のどの筋肉を、どんなタイミングで、どう動かせば目指す形に出来るのかを自分なりに解析して納得すればそこからはそれなりに上達しました。

言われたことをやみくもに練習するより、スポーツは、体の作用を頭で理解することがまず大事だなと私はここで感じました。

なるほど、何事にも『やり方』というものがある。

それさえ押さえれば、私はある程度のことは人並みにできる。

中学校の部活動ではこのことに気づくことができました。このことは、私に少しの自信をもたらしました。

だけどハンドボール自体は特に好きなたぐいのものではなくて、2年ほど続けて、そのうち段々と行かなくなりました。ボールを触ったり投げたりは好きだったのですが、試合に出るとどこに向かって走り誰にパスを投げて良いのかわからないし、“チーム”という集団の中では全くどうしていいかわからなかったので混乱したのです。

 

中学校では相変わらず抽象的な指示は理解できないし、周りの空気が肌に合わないと感じていました。

だけど小学生の時と少し変わったなと思うのは、思っていることを徐々に口に出して言えるようになったこと。私の考えは間違っていない、思うように発言して良いのだと思えるきっかけがありました。

そして“分からないものをわからない!”と言うことの重要性を知るうちに、私は“納得しないものには断固賛同しない”という頑固とも言える意思、癇癪を起こすことが始まりました(←今の息子のような性質です…この頃から私の特性が炸裂します)。

そのあたりのことは、また次回にでも書こうかなと思っています。

コメント

  1. 椎名 より:

    緘黙症と引っ込み思案の区別…
    私も小さい頃は恥ずかしがり屋で、発表とかドキドキして考えすぎてうまく出来なかった覚えはあるけど、それでも自力でなんとかしてこれた。何回か失敗しつつね。
    自力でなんとかできなくて緘黙症状になってしまう子との違いを見極めて、支援に繋げるのは難しいだろうね…

    生活に支障が出るほどの程度の甚だしさがあることが「障害」になるんだもんね。

    みんなそうだよ、とか頑張って、とか根性論で流してしまいそう😟
    子供は視野も世界も狭いし…でも自我や客観性が出てきて複雑に精神が成長していく時だもんね。成長段階もそれぞれ…

    やっぱりつまづいてることに親が気づくのが一番なんだろうけど、そんな専門知識みんな持ってるわけじゃないじゃん!
    親も失敗しつつも子供の困難をよく観察して、忍耐と工夫で丁寧に支えていかなきゃなんだね。

    この話で5〜6年位時間が経ってるのよね。早くフォローしてあげられればきっともっと生きやすかっただろうなぁって思ってしまうよ😭

    • コメントありがとう!

      私自身も、自分は引っ込み思案なんだと思って育ちました。どうして周りの子はそんなにすらすらできるのだろうと、できるだけ真似をしたいと思いつつもいざとなるとどうしても言葉が出なくて。

      子供が自分で『私、緘黙症でーす!』って言えるわけないしね。(私も緘黙という難しい言葉を知ったのも数日前だし。)周りが気づいて適切に支えるか、せめても本人なりの成長を焦らず待つということが大事なのかもしれないよね。
      なんにしても、難しいよ。

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