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ギフテッド×大型トラックの運転手

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徒然思うこと

みなさんこんにちは✨

つい先日のことですが、私の友人の一人からこんなLINEが入りました。

友人Kさん
友人Kさん

トラック運転×ギフテッドといえば、で思い出した。この方をご存知かしら?

それは私が最近『ついに大型免許を取得した😎👍』と話したことから始まりました。

そんな経緯で友人から知らされたニュースの記事はこちらです(↓)

なになに?日本初の飛び級学生さんが大型トラックになったとな!?めちゃくちゃ興味深いじゃないか!

友人は『有名な方よ』と言いますものの、お恥ずかしながら私は時事に疎いために私は初めてこの方の記事を拝読し、こちらの記事には本当にたくさんの共感を感じたし、同時に考えさせられるものがありました。

そんな想いを記録しておこうと思います。

特に共感したことは、研究職の不安定さの部分です。

興味関心に大好きなことはあるが、主に国公立の大学受験に求められるような広い科目で高得点を取れるようなタイプではない(←息子もそうです、興味深い)という青年が、飛び級という日本では極めて先進的な支援を受けて、早修の機会を掴んだのだということです。

大学では、充実した学生生活を過ごしたようです。しかしながら、その後の研究職の待遇が良くない、生活基盤が安定しない。

もしもこれに目を通し、『いやいやせっかくの人材を…』と残念に思われる方がもしいらっしゃれば私の言わんとしたいことが伝わるようで嬉しいです。

だけど非常に残念ですが、研究職の待遇は不十分であるケースが多いということが実際なのかもしれません。

事実、私の大学時代の友人にも、博士号は授与されたものの環境にあまり恵まれず給与の手取りは20万円以下かつ修学のために必要だった数百万円の奨学金を返済している、そんな“苦難の博士”たちは何人もいました。そうして彼ら/彼女らの中には心が荒んでいく人もいることを、私自身も何人も目の当たりにもしたものです。

幸い(?)私は学生時代に日本学術振興会の特別研究員に選任されていたし、博士号を取って割とすぐに大学教員になったので、確かに社会に出るのは遅かったけれどそれでも生活していける給与は得られていたと思います。だけど私も、それまでに借りた奨学金の総額は400万円強にもなっていました(←40歳になる時に完済しました)。

任期制の働き方もそうですね。1年ごとの更新であれば、それは自分の意思に関係なく、来年にこの場所に自分がいるかが全く保証されておりません。そんな働き方で、どこの誰がこの組織のために一生懸命働こうとするだろう。

私自身も、大学院でのあの時間は研究活動に没頭できたし有意義だったと懐かしく思う一方で、ちょっと何かが起こった時には私たちはやりがいを搾取されているのではないか?』と感じたことは何度もあったと思います。

そう。

科学者だって人間です。夢も希望も家族もあります。

そんな彼ら/彼女らも、生活基盤が安定しなければ世のため科学の進歩のために働いている場合ではないのです。自分のバッテリーも十分でないのに、人類の利益のためになど働けないということです。

そうして科学者の心は折れていく。そんな研究職の側面を、ふと思い出したような気になりました。

記事の中にも書かれています。

「今の日本では、1年2年という、先の見える小さな実験で結果を出さなければ研究職に就けない。佐藤君はもっと大きなところ、『海のものとも山のものとも分からない』という世界に興味を持っていた」

大きな視点ゆえに科学者になれないとしたら、何という皮肉だろう。

日本初の飛び入学で「17歳の大学生」になった「物理の天才」 今トレーラー運転手になった根本理由とは より抜粋

その側面はあると思う。

今の競争的な研究職では、世の流行りのテーマに飛びつくように追うことや、コミュニケーションと存在感によほど長けて資金が集まる研究者ネットワークにつながり続ける“要領の良さ”もまた重要なスキルかもしれません。←息子は苦手かもしれないな…

そうしてこの方は、大型トラックの運転手さんになったのだということです。

生き方は一つではない。良いと思うよ。

ところで、これは私にアンテナができている所為だと思われますが、私は最近、妙に高IQギフテッド×大型トラックの運転手という掛け合わせを見聞きするような気がします。

例えばそれは、JAPAN MENSAに入会している友人がこんなことを言っていました。

友人Oさん
友人Oさん

JAPAN MENSAにはトラックの運転手さんが不思議と多い印象なの。なにか通じるものとかあるのかしらね〜。

別の友人も、こんなことを言っていたなと思います🤔

友人Sさん
友人Sさん

その思考が、giftedなのよね〜。最後はみなさま、セスナですよ。頑張ってください。

ほんまそれ🤣私も当時、『なんであなたが大型免許!?』っていろんな人に言われたけれど、興味とワクワク、集中力がスッと高まる感覚も程よく気持ちが良かったし、やってみてよかったのだと思っています。

だけど本当に不思議ですね。なにか“通じるもの”ってやつが、本当にあったりするのかしら?🤔

それに対し、実際に経験をかじってみた今の私には、その“通じるもの”の感覚がちょっとだけでも分かるような気がしています。

第一に、大型トラックの運転はめちゃくちゃ頭を使います腕力とかはそうでもない(運転自体はね)が、あれはまさに頭脳フル回転の作業です。状況ごとに見るべきところ気を配るべきところが次から次へと流れていって、同時に大きな責任感も伴います。いつでも頭はフル回転。慣れたらそうでもないのかな?いやいや、とにかくそんな頭の回転が楽しいと思える人には向いているのかもしれません。

そういえば。私が通った教習所では大型免許の教習開始の前に必ず“適性検査”というものを受けるように義務付けられておりました。その内容は、なんと私が昨年に受けたWAIS-IV(:IQを算出する心理検査です)の検査内容にもそっくりな問題が出題されていたことはきっと何か意図があったに違いない(↓)。

適性検査では、情報処理やそれに伴う体の反応・瞬発力、いくつかの感覚がバランスよく動いているかが見られていたと思います。その結果による合格不合格は設定されていないようでしたが、そんな検査で“自分を知る機会”が設けられていることにはやっぱり何かの意義があると今の私は感じています。

第二に、目的地があるということもギフテッドの特性との親和性を高めているかもしれません。目的が極めて明確です。

さらに良いのは、道中の過ごし方に裁量があり、基本的に一人で過ごせるということもまた良さそうだろうと思います。自分だけのスペース、自分だけのやり方で過ごせることは我々のような人たちには合っているかもしれません。私も実は、きっと自分だけの時間も過ごせる仕事だろうと睨んだことが大型免許を取得しようと思った動機の一つだったりします。(←実際はどうか知らんけど😅)

そんな部分が、私がパッと思いつく“通じるもの”ってあたりでしょうか。だからこれは誰にでもできる仕事などでは決してなく、求められる適性は多分にあり、それがギフテッドと呼ばれる人たちにフィットしやすい可能性もあるのではないかと考えます。これについてはもっと詳しく現役の運転手さん方々に話を聞いてみたいなーと密かに思うところです。

最後に、もう1点だけ触れさせてもらおうと思います。

この方の、このお言葉にも本当に共感できました(↓)

研究の道に未練はない。でもやっぱり物理が好きで、教えるのも好きだ。だから今も、知り合いの子供の家庭教師を引き受けている。

日本初の飛び入学で「17歳の大学生」になった「物理の天才」 今トレーラー運転手になった根本理由とは より抜粋
分かるよ、すごく。そうなんだよ。

私も、今も時々言われます。

研究室に人手が欲しいと誘ってくれる友人からも、そうでなくとも私の履歴書を見た人からも、これはいまだにかなりの高頻度で聞かれる言葉の一つです。

『研究に未練はないの?戻りたいと思わないの?』

私

ええ、全く思っておりません。

本心です。職業として学術研究をするということ自体には、私の興味はすでに全くありません。

っていうか、研究ってそんなに戻りたいかと心配されるほどの特別なもんなのか?、と今の私はやや不思議にさえ思ってる。戻りたいなら戻ってるよ、そうしてないってことは興味はもうないってことなんだよ😅

一方で、私は自然科学は好きなのだとやっぱりふと思う時は多々あります。職業としての研究職には興味はなくても、いつでも何かを知ったり学んだり、科学を探求する活動は大好きです。ついつい科学の書籍や記事を読むことも、自分の興味関心のあるトピックには今なお強い情熱が向き得ることを時々ですが感じています。

つまり私は自然科学は大好きですが、今の私には話を聞いて想像したり考え議論するだけで十分楽しいことなのです。最新の知見や私の理解が及ばないことを知りたければ、自分で論文を読むことも、知っていそうな友人などに尋ねることもできるわけだし。科学との付き合い方は身の回りの範疇で、自分なりに楽しんでいければ良いのだろうと今の私は思っています。

だけどもしも。

本当にもしもの話ですが、息子があのコロナ禍に大きく調子を崩さなければ、私はきっと今も研究職を続けていたと思います。

だけど当時の私には、仕事をすること自体がもう無理だった。他に何もできなくなるほど追い込まれていた。それは過ぎた話です。

それでも私は、今も自分は研究者であるのだという自覚を持っています。

自分の関心が向くことをどこまでも深く知りたいし、学びたいしやってみたいし話を聞けば質問せずにはおられません。さらにそれを誰かに伝えたいと動いてしまうし、そうしてもしも私の知見がどこかの誰かの役に立つなら、そんなに嬉しいことはありません

過ぎたことも糧にして、自分らしくやっていくしかないってことだと思いました。

そんななんだか懐かしいような複雑なような、その一方で今の私を支えてくれる、そんな深い共感を感じられた記事だったと感じております(↓)。

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コメント

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