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暗黙の了解、ってなんやねん

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私の特性を理解する

みなさんこんにちは。本日もご訪問ありがとうございます✨

いやー、先日ね、近所のイオンでちらっと見かけて、びっくりしたのがこんなヤツ(↓)。

空気を読むゲームが売られているぞ
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『KY度診断ゲーム』だと言うことですが、

私

なんやねん!空気なんか吸って吐くもの、見えもせんもの読めるかーい!

って、私はついつい二度見で反応したよね😅(←スマホで写真まで撮ったよねw)

どうもね、日本社会はいけません。どうも昔から『行間を読み、察して動いてこそ大人の対応』みたいな節があり、“空気が読めない=未熟者”みたいな雰囲気が漂いがちでいけません。

だから私は直感的に、このゲームもまた空気を読めることを“良”として、それを苦手とする子供をからかうような、そんなきっかけになるんじゃないか、どうかそういうものであって欲しくない!と感じてしまい過敏に反応してしまいました。(追記:このゲームをやったことのある方がいらっしゃれば感想を教えていただけると嬉しいでーす😊)

さて、今日は、

空気が読めない(読まない)、曖昧な言い回しが通じない。

そんな私の出来事を振り返りながら(↓)、心の動きや感受性、“暗黙の了解”というものに思いを馳せたいと思います。

わたし
わたし

暗黙なのに了解であるって、そもそもがおかしな言葉だよね。検証と議論を通して乗り越えていけるものでしょうか。

喫茶店での出来事

Yes or No?それとも、もっと具体的に?

少し前に、私はこのような記事を書きました(↓)。

ある日私はコーヒーショップに入店し、

店員さんの『喫煙席と禁煙席、ご希望はありますか?という問いに対して私は、

私

あります。

とだけ答え続けて、店員さんを困惑させたという話。

あるかどうかを聞かれたから、『ある』と答えただけなのだーーーー!

私の言い分としては、そもそも初めから『喫煙席と禁煙席、どちらがご希望ですか?とさえ聞かれていれば私も的確に答えられたのにと思うのだけどね。

それって私が悪いの?店員さんにも努力の余地があるのではない?

とはいえ、過ぎた話はしても仕方がないというところでしょうか😅

私が苦手な“暗黙の了解”

この記事に対しては、当サイトを読んでくださる方から感想などもいただきました。

Tさん
Tさん

あるある!お互い噛み合わなかったね、しょうがない!

そうなの、しょうがないよね。そう言ってくれて、私は自責を含んで複雑に混乱した気持ちがホッと和らいだように感じました😊

Sさん
Sさん

なかなかに奥深い問題だと思いました。
お店に入ったら禁煙席を希望するかどうかの意思表示することが暗黙の了解になっていてどんな言葉で聞いても答えが返ってくるものだという思い込み(←これもまた暗黙の了解の一つでしょう)があるんでしょうね。

それだ。

ここでキーワード:“暗黙の了解”が登場です。

これを私は、少々苦手としています。

暗黙の了解って、一体なんなの?暗黙なのに?了解なの?暗黙という言葉は何を期待して黙るのか。

それは私にもそうだけど、小さい子供や異文化の方、多くの方に困難を発生させ得るものであり、一体誰の得になるのか全くもって意味不明。意図を明確に指示を出していただかなくては困ります。

類似のものでは、どちらとも取れるような、曖昧な言葉も苦手です。『どっちが正解なの!?』って混乱します。

そんなとき、私はズバッとこんな言い回しをしています。

私

今の、英語でもう一度言ってくれる?

(↑混乱しております。こう言ったときにはどうかご協力をお願いします。)

曖昧な日本語よりも、英語で言ってもらった方がずっと理解が良い場合があるのです。特に英語を母国語としない人はストレートな表現しか使えない(←私見です。偏見だったらすみません。)ので、その方がよっぽど意志が明確に伝わる気がして、私はこれをとても便利だと思っています。

あとはね、あれだね。

私が最も大きく混乱するし今なお理解ができない難題は、状況に応じて『反対のことを言ったり、ルールを破ったり、ましてや嘘をついたりもする』という変わり身です。

本当に苦手。というか、私にはそういう状況が理解できず、若い頃などには私はその人を一瞬で『嘘つき認定』してしまうことや、絶対に今後の信頼を寄せたくない!という態度にまで及んでしまいがちでした。もちろん今では『世の中にはそういうこともある』という程度に理解はしています。だけどそういう態度をとる方に対してはやっぱり信頼度は激減するというのが実情です。

以前、これについて話を聞いた友人(たぶん定型)は、『それは計算だよ』みたいなことを言いました。だけど私(たぶん非定型)には、その“計算”が分かりません。

どうして思ってもないことを言えるのか。そんなことをして何になる?

そういうことが、私にはとても理解が難しい事なのです。そして時々起こる“コミュニケーションのズレ”というのは、こういうところから生まれているのだろうなとは感じています。

暗黙の了解を超えていく

コミュニケーション障害の中核にある“マインド・ブラインドネス”

以前に読んだ本において、このようなコミュニケーション上の特性については“マインド・ブラインド(心の盲目)”という言葉で説明されておりました。

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(↑新訂版と旧版どちらも読みましたが、基本的な内容に大きな差はありません。項目順や追加情報など、新訂版の方が随分読みやすい印象でした。いずれもおすすめです。)

“マインド・ブラインド”というのは自閉症スペクトラムの中核をなすものかもしれません。“心の盲目”というのも言い得て妙。上手く言ったものだなぁ、と感心したくなる表現です😲

コミュニケーション上の問題は、こういった心の盲目状態に起因するものでしょうね。そしてちょっと想像すれば、盲目と言っても色々なパターンがありそうです。

一つは、①相手にも心があることを理解できない状態。

次に、②相手にも心があることは理解できるが正確に相手の心を読み取れない状態。

あとは、③注意が向くポイントが多様(独特)である状態もそうかもしれないと思います。これは心の“盲目”というよりも、見える景色の印象が少し違うという点で心の”色盲”という表現が近しいかもしれません。

色々な場合がありそうだが、いずれにしてもコミュニケーション上の困難を引き起こすだろう。

しかしね。

当事者として感じるのは、これらがどのような言葉を尽くして説明されたとしても、当事者は当事者の視点からしか物を見れないことに変わりはないということです。

私や息子が文章題を読み違えたり、そういうことは上で挙げた③のあたりが影響します。それでもそれは、当事者にとってはどうしようもないことである(かもしれない)のはもどかしいなと感じます😩

それにさ、いつも思うけど本来誰の視点が正しいなんて、そういうことって絶対に決めきれないことだと思うよね。だから誰かの視点がちょと違うからと言って、直ちに否定的な角度で見るのは早計だし対処能力に欠けた無教養なことだと感じます。必ず議論の余地があるはずです。

ちなみに私は、この書籍においてマインド・ブラインドに関する脳科学研究にも言及されていたことがとても面白いと感じました。

“相手の心を感じる”ために必要とされる心の動きや感受性について説明がなされ、それを司る脳科学的な画像研究の裏付けもなされていること。そしてそれは成長と共にその障害をうまく埋め合わせた人々においても脳活性化パターンに違いがあることなんかが書かれていました。面白そう、やはり先天的に脳科学的に違っているのね、原著論文も探してみよう、いつか自分の画像パターンも見てみたいなと思いました😲

検証と議論で乗り越えろ!

そんなこんなで、私のコミュニケーション上の特性において“マインド・ブラインドネス”は意識しなければならない課題です。

いや、これでも若い頃よりは随分マシになったのですが、それでもとっても興味深いです。今後も協力者を得て検証していく気持ちを持ち続けたいと思いました。

そんな私は、よくLINEをするお友達とこう話しました。

私

とりあえず私には曖昧な言い方はしないでおいてね。

Tさん
Tさん

私は率直に言わせてもらうね!それで傷付いたら謝るから指摘してね!

私

おっけー!その辺ですり合わせ実験をしていこう!

Tさん
Tさん

私自身曖昧だと思わずに使う言い方もあるから、分からないことは質問してー!って感じね😊ディスカッション大歓迎!!

私

ディスカッション、面白そうだね〜!

きっとこれからも、『こういうこと』は起こるでしょう。

だけど都度一つ一つを話題に出して考察したり記録して、楽しんでいくくらいの気持ちで向き合いたいなと思いました。

また何かあれば記録したいと思います。そんなケースにご意見をいただいたり、議論にご協力くださる方も随時歓迎しております😊

暗黙の了解なんぞ、解体して乗り越えてやるぞ!

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10歳から向き合う発達障害

コメント

  1. K より:

    こんにちはー。

    突然ですが、語用論という言語学の一分野をご存じでしょうか。(議論、歓迎です、って書いてあったので(笑))「暗黙の了解」っていうのはこの語用論が深く関わる問題なのかな、と思います。

    私では力不足なので、何とかプロの手を借りれないかと検索していたら、語用論と発達・コミュニケーション・教育という記事でおもしろい記事がありました。
    https://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2007_11/fea_matsui_01.html

    研究結果、という部分と、だから私たちは、という部分がわかりやすく書かれているな、と思いました。

    あと「コミュニケーションは失敗して当たり前」だそうです!これ、大事だな、と思いました。

    • 教えてくださり嬉しいです!早速拝読させてもらいました。

      本当に、
      >コミュニケーションは失敗して当たり前、話が通じなくても不思議ではない
      には、おぉーー!と感嘆しました。

      また、結びの言葉もとてもよく理解しました。

      >異質な他者に対する「寛容」と「尊敬」に加えて、たとえ結果的に多数に受け入れられなくても、孤立を恐れず「私は私で折り合いをつけて生きていく」という「覚悟」を身に付けることも大切です。〜〜。「推論で成り立つコミュニケーションは失敗して当たり前」という前提に立つことは、その手掛かりになるかも知れません。

      これからの子供たちは世界中で生きていくのですから、このような意識を育むことは重要ですね。空気を読める、読めないではなく、自分の意志を明確に言えること、互いの考えを尊重することに重きが置かれるように世の中変わっていくのだろうなと前向きな気持ちになりました^^

      大事だわ〜。この記事は多くの方に読んでもらいたいですね。ありがとうございます!

  2. シーナ より:

    理解したいが為の質問だとご理解ください。

    暗黙の了解分からないとか空気読めないと、何がしんどくなるのかな。
    幼い頃から違和感感じるせいで自尊心損なわれるのかしら…??
    1番問題になるのは何ですか。
    私の勝手な想像では、やっぱり子供時代の学校とかで萎縮しちゃうのかなぁ、と。

    みんなと違ってもいい!自分は空気壊しても気にしない‼︎って強く生きるのはやっぱりある程度自立した大人じゃないと難しいのかな、と感じるわ。
    その前段階で致命的に心が折られてしまったら…

    どんな時にどんな助け?があれば良かったかも、とか具体的な考えあれば聞きたいです!

    でも、空気読めないから萎縮したり傷ついてしまうなら、少しでも読めるようにする努力が必要なのかしら…周りを変えたいのはやまやまだけど…

    〉自責を含んで複雑に混乱した気持ち
    自責って気持ちは前ブログに書いてた負い目と通じるのかな…?
    それともトラウマ的な?

    • コメントありがとうー!
      非定型発達において、困り感は大きく下記の2パターンに分類されるような気がします。

      1. 自分は困らないが、周りがめっちゃ困るタイプ
      2. 周りは(違和感を感じる程度で)大きく困らないが、自分がめっちゃ困るタイプ

      私は②のタイプだろうと思います。特に子供の頃はそれが恥ずかしさだったり後悔だったりに直結して、認められたり褒められたりする機会も少なくなるので自己肯定感が育たないことが1番の問題だろうと思います。

      サポートとしては『多少視点が違っていても別に良いじゃん!』って、そうやって周りがケロッと言い続けることが大事かな。だけど本人がそれを理解し受け入れるためには、たくさんの『それでも上手くいった』という成功体験が必要だよね。根拠がないと納得しないから。そんな成功体験が蓄積されてくるのがある程度自立した年齢以降になるのだと思います。

      私がこの年齢になって大切だろうと思うことは、空気とはそもそも読めないものだと理解すること。空気なんか読もうとしない、できるだけ早期に諦める、当事者はそんなことを努力する必要はないのだと思う。

      上でKさんが教えてくださった語用論の説明にもあったように、我々は『推論で成り立つコミュニケーションは失敗して当たり前』という前提に立つことが必要で、いろいろな人がいて当たり前だという雰囲気の醸造がなされてほしいと思います。

      自責っていうのはやっぱりね、『やっちまった、私は経験を詰んだはずなのにちっとも成長してないわ…』と謎に凹む気持ちよね…。大人になった今ならさ、多少のことでも『ドンマイ、私』って思えるけどね。子供のうちはまだまだ難しいのだろうと思います😅

      • シーナ より:

        〉当事者はそんなことを努力する必要はないのだと思う。

        ほんとそうなのよね!本来ね。でもいまの世の中ではそれが逆転してるというか…

        〉周りがケロッと言い続けること

        この、周りってのは誰だろ。
        子供の頃だと、やっぱり先生や親なんなの大人のフォローなのかな。
        周り=子供だとお互い未熟だからその価値観は難しいかと感じる。
        文化的なことじゃなく、学童期は発達段階として排他的で同一性を求める時期だよね。

        例えば
        【小学校 3~4年のギャングエイジといわれる時期は、
        同性の同年齢児で構成され、排他性・閉鎖性が強いといわれる。ま た同一行動による一体感が重視されること、力関係による役割分化がみられること、グループメンバーと強く結び付くことで親から自立しようとする際に生じる不安を和らげる特徴をもつ。】

        とか書かれてるし、どちらかというと正常な発達として排他的な意識を持つのが流れなのかなぁと。そこを変えるのは違うと思うのよね…
        何と言えば良いのか。まとまらず申し訳ない>_<

        そこで排される側が出来るのはしょうがないなんてのは絶対違うんだけど…

        多感な時期に感受性の豊かな子供の心を守るのは大切だよね…
        とくに②のタイプの子は繊細で感受性も強い傾向がありそう。

        • 周りっていうのは、その子の健全な成長を心から願う人たちでしょう😊それは親であったり、支援者であったりだと思います。
          同年代の友達であることもあるかもしれないけれど、それはもう少し大きくなってからかな?

          子供同士は率直で素直な分、トラブルが起こったり、すれ違いが生じたりも起こります。そういうことでいちいち傷ついて帰ってくる子供に気づいて、心の整理を手伝ってあげられるといいんじゃないかなって思います😊

          • シーナ より:

            そうだよねー。大人が気づいていかねばだね。

            困り感のある子が傷つかないでいいようにすることは難しいのかな。できるなら、そんな経験させたくないっての思うのは過保護かしらね。

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