みなさんこんにちは✨
少し前になりますが先週の日曜日、5月14日は“母の日”でしたね。皆様のご家庭では何かしらの催しなどはありましたでしょうか?
我が家だけかもしれませんが、我が家では、特に息子はそういうものに全く関心がないという様子です。だから催しなども特になし。
それでも息子が保育園に行っていたくらいに幼かった頃などには、保育園で何かしらの制作物を作って持ち帰ることもありました。それも“言われてやった”というレベルを抜け出さなかったかもしれないけれど、しかし年々緻密になっていく工作物それ自体に私は彼の大きな成長を感じられて毎年すごく嬉しいなって思っていました。つまりとにかく私の息子は母の日とか父の日だって、自発的になにかしようとかそういう意識は持ち合わせていないよう。
ちなみに5歳の娘においては、彼女はそういう季節の催しにはアンテナがあり、母の日に向けて私の似顔絵を描いてくれておりました🙌
しかも彼女は近所のスーパーマーケットで母の日用に無料配布で置いてあった似顔絵用紙を、お買い物に同行した際自ら駆け寄り貰ってきて(←しかも兄ちゃんの分も2枚もらってた!)、そうして描いてくれたものでした(↓)。これに加え『上手にできたから』と折り紙の作品たち(←右腕を骨折しているので左手で折ったらしい😭)を飾り付けて一緒に渡してくれました。
にーに(兄)は書かないの?
え、なんで?
我が家では、食事のメニューは合議制で決まります。これは家からスーパーが近いことと今はまだ私が仕事をしていないので買い出しにも毎日でも行けるからという非常に恵まれた状況により可能になります。基本的に家族は1人1票を持ち、食事を作る人は2票、外食の場合は支払いをする人が2票持ち、その場にいる人の意見が出揃った後に譲ったり寝返ったりという微調整の上で決まります。
母の日の当日。
その日の夕食に関する議論の際、まずは息子が『お肉が良い!』と主張しました。ちょうど知人の旅行先のお土産で、とても美味しいという焼肉のタレをいただいたばかりだったのです。
それに対し、お魚が、できればお刺身がいいのではないかと言う私。日本酒🍶が飲みたい気分でした。
肉!サガリかハラミ!(←断固そう主張し続けるところが可愛い)
ちなみに娘もこの日は肉派。
おにく🖐️
夫はもともといつでも毎日が肉派です。私は2票を持っていたのに敗退です。母の日なのに!😱
買い出しに行ったスーパーでお魚コーナーを通った際にも、顔馴染みのお話好きな店員さんにまで言われました。
いやー、私はお刺身が良かったんだけど子供達がお肉がいいって言うから今日はお魚は買わないのよ〜。
え!?ママの日なのに!?それはけしからんわねぇ、笑。
お刺身もさ、小さいのでも買って行きなよ!直送の良いのがまだあるよ!(←結局買った、毎度さすがの店員さんなのです😅)
とまぁそんな母の日を過ごした我が家だったのですが、その翌日の月曜日、私は朝から出かける用事があったために通勤通学の時間帯をバスで移動をしておりました。その際に、進学校として知られる私立中学校の制服を着たお子さんたちの会話を小耳に挟み、私は『えっ!?』って驚きました。
昨日の母の日、何をした?今年は時間がなくて俺は手紙だけだったんだよね。いつもありがとうとか、そんなことを書いただけなんだけど。
あー、俺は毎年プレゼントしてる。花も買ってる。手紙良いじゃん。してもそれくらいじゃね?(←まるで大したことではないという言い回し)
重ねて言いますが、私は本当に心から、息子が元気に大きくなって生きてるだけで良いのです。加えて彼が幸せであり笑っていれば、それ以上に望むことなどありません。私は物が欲しいわけでもないし(←欲しけりゃ自分で買う派)、母の日に何かをしてくれなかったからと言って悲しむことも嘆くこともありません。
だけど私は戸惑いました。
他所の男子はそうなのか?母の日に、自発的に感謝を示そうとするものなのか?
親御さんの躾の違いか?教育の差か?家庭の文化度の違いだろうか?私が彼に教えられなかったことを、他所の親御さんはどうして教えられたのか?🤔
本当に、他所の親御さんがうらやましいとかでは全然なくて、私はなぜにこうも違うのかが気になってしまい、バスの中でしばらく考え込んでおりました。
《それともそれは、子供の気質の違いだろうか?》
私はハッ🫢と、そんな考えにも至りました。
私の息子は、何から何まで自分が納得しないと動かない、そんな子です。
また、息子のような気質の子によく見受けられる特徴として、こんな話も見聞きします。
“伝統や慣習に疑問を持つ”
そうかもしれない。幼い妹から『母の日の似顔絵を描かないの?』と尋ねられて、彼は
なんで?
と答えました。
これ、『なんで』も何も無いよねぇ🤣それは“そういうもの”なのさ。だけどその“そういうもの”が彼には全く伝わりません。ずっと幼い頃からそうでした。
そういや先日、家族で娘のために都内の私立小学校を調べていた際、私の息子はこんなことも口にしました。
やっぱり伝統校は素敵ねぇ。歴史のつながりを感じるね。そんなコミュニティも素敵だね〜。
お母さん、僕は正直、伝統とかにはなんの価値も見出せないし、理解できないという気持ち。新しい学校でも素晴らしければ良いんじゃ無いの?違うの?
いやいや伝統というのはさ…
と、そこまで言いかけて辞めました。私には、息子の納得を得られるように話せる自信がなかったからです。
種々の書籍などにおいても、このような資質を持つ子供たちはどうにも伝統だったり、一見非合理にも見える慣習や儀式などと相性が悪いという記述もちらほら見受けられるところです。
慣習も、伝統も、彼ら/彼女らは目に見えないものは信じない、受け入れるには合理性とか論理や何かで心からの納得がいつも必要になるのでしょう。たとえそれが大多数の人がスッと受け入れるようなものであっても。
また、息子の場合は大人が彼を解釈しようと試みると『決めつけないで!』と憤慨することも多いです。
私はようやく最近ですが、息子は言外であってもそうさせようと仕向けられるとか促されるとか、つまり大人が彼を“コントロール”しようとする意思のようなものを嫌うのかな?と理解するようになりました。
息子の気持ちは『母の日だからって、なんでなの?』とまぁ、そんなところなのでしょうか🤣
良いの良いの。
私は母の日だとか慣習だとかそういうものとは無関係に、私と息子の今の関係性は良好であると感じています(↓)
全く立派な母親ではありません。だけど世界中の誰よりも息子を大事に思っているのは“私”なの。
そう母に心で思わせてくれることが彼の最高の親孝行だし、何よりも幸せなことだと思っています😊
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