息子から気力が抜けていった
留守番をするようになって2週間ほど過ぎたある日。私が夜に娘を連れて帰宅した際、用意していった息子の昼食が全くの手付かずで残っていたことがありました。しかし日中に私が息子に様子を尋ねて電話をした際には「食べたよ」って言っていた気がします。
冷蔵庫の中の飲み物も減っていません。使ったコップもありません。朝から全く動きがないキッチンで、私が朝に置いた同じ場所にあるお弁当箱を恐る恐る開けて手付かずの食事を見た時、一体何が起こっているのか、私は何を見ているのかと頭が真っ白になりました。
すぐに息子を呼んで、
「お昼ご飯を食べていないようだけど、どうしたの?」と聞きました。
しかし、息子は「食べたよ」と、サラッと言いました。
私は驚いたしムキになってしまって、「食べてないじゃない、このお弁当見てよ!そのままだよ!」と言った途端でした。
「食べたーーーーーーーーーーーー!!!!」と、息子が大声で叫びました。そして息子は、今までみたこともないような表情で泣いて、大きく取り乱しました。
その少し前から、私は息子の様子がおかしいことに気がついていました。息子は明らかに表情に乏しくなり、焦点の合わないような目でボーッとしている時間が増えました。
息子の叫び声に私は驚いて、何も言えなくなり、その日はとにかく子供たちに夕食を取らせて早く休ませるようにしました。息子が眠った後に今一度冷蔵庫やお菓子のストック、さらには息子の部屋のゴミ箱なども一通り確認して、息子が全く何も食べず、何も飲んでいないだろうことを改めて認識しました。胸が苦しくなり、手が震えました。
また、その日の学習状況を確認したところ、今日やるはずの宿題や塾の課題も全く終えていません。それにも関わらず終わらせることができた課題にチェックを入れることにしている我が家の学習スケジュール表には、全て息子の字でチェックマークが付けられていました。
実際に先週頃から、学校の宿題や塾の課題に取り組めていないことを問題視していました。うすい筆圧で飛び飛びでしか書かれていない漢字プリント。模範回答と一字一句同じに書かれた塾の文章問題。
親が言うのもなんですが、息子は頭の回転が良く、学業では全く困ったことのない子でした。分からない、解けないというはずはないのに。
そして息子の1日の様子を想像し何よりも不安で心配だったのは、本来大好きである読書や漫画、ゲームに夢中になっている形跡すらないということ。
当時、長引く休校で精神的に滅入る子もいるとニュースで報道されていました。
無理もありません。大人だって、急に社会が閉ざされればおかしくもなります。これは例えて言うなら産後うつに似た状況かしら。
我が家の息子もまさに、生活する気力そのものが失われているようでした。
深刻な状況を迎えつつあるのかもしれない。信頼できる人に意見を聞いてみようと思い、この日は私も早く休むことにしました。
お昼ご飯を食べたことは、彼の中では真実だと思うよ
翌日、朝一番で私は心から信頼している&育児話もする先輩研究者(3児の父)に連絡を取り、息子が留守番中に昼食を取らなかったこと、食べていないのに「食べた」と叫び、ワッと泣き出したことを聞いてもらいました。
私もどう話して良いのか整理がつかない中、根気よく話を聞いてくれた先輩は
「息子君は嘘をついているわけじゃないんだよ。彼の中では、食べたことは真実なんだよ。」と言いました。
その時の私には理解できるようなできないような複雑な気持ちでしたが、とにかく先輩は『嘘をついているなどと言って、叱ったり責めることは絶対にしないで』と繰り返しました。
様子がおかしい息子を気にかけながらその日も私は職場に来ており、息子は自宅で留守番をしています。
仕事中に何度も息子に電話をかけ、「今なにをしているの?」と尋ねました。
「何もしてない」と答えれば、「好きな本でも読んだら?」と勧めたり、声に張りがないと感じれば息子の部屋に置いて用意をしてきたiPadにビデオ通話を繋ぎ、顔つきを確認しながら短時間ずつ会話をしていました。
私の仕事は1時間の時短を申請し、夕方少しでも早く帰れるようにと心がけました。
研究所を出る帰りがけに息子に電話をかけ、もし電話に出なければ家で何か良くないことが起きているのではないかと不安で不安で仕方がありませんでした。
3月中旬。平日はそのように過ごし、ある日には息子が生気のない無表情であることに気づいてすぐに仕事を中断。躊躇なく早退して大急ぎで自宅に戻ることもありました。
家でできる、気分転換を探してみました
平日はある程度仕方がないとして、週末に親が居る時には何かしら気分転換を図ることを考えました。
まず、息子のクラスで予定されていつつも休校のため中止になった豆腐作り実験が私は気になっていました。休校前に息子が「来週の予定だ」と言って楽しそうに話していたものです。
「だったら家でやったら良いじゃん」と友人からアドバイスを受け、そらそうやなと。親の出番か、よし!
取り急ぎAmazonでにがりを注文しておき、下の娘を保育園に迎えに行った帰りに無調整豆乳も購入してきました。今度の週末にでも息子の様子が大丈夫なら作ってみようかなって。
早速、週末の夕食に合わせて試作してみました。ちょっと固まりすぎたのは課題ですが、息子は一口食べて、とても良い笑顔を見せてくれました。
息子の様子をみて、社会から閉ざされ外出を制限され。日中1人での自宅待機は、小学生にはどれほど辛いだろうと改めて思いました。学習面や生活面のみならず、精神的な健康の維持の重要性をもっと早く認識すべきでした。
でもまだ休校期間の先は見えません。親としてはなんとか乗り切れるよう、あの手この手を繰り出していかねばなりません。
豆腐作りで笑顔がみられたことに味を占め、私の「この期間に生活力をつけて欲しい」という下心も合わせて、できるだけ時間を作っては息子とキッチンに立つようにしました。
振り返れば、私はこの頃に自分のFacebook(基本的に面識のある方のみの限定公開)に息子と色々な料理に挑戦していることを書いていました。ありがたかったのは、今日はうどんを作ったと投稿したら「次はパンなんてどう?」とか、友達が次々と意見を出してくれたことです。親子共に不安定な精神状態において、友達が励ましてくれているみたいな気がして本当に嬉しく思ったことをよく覚えています。
ケーキとか、ピザとかどう?あと、カスタードプリンなど、、あとで送るわ。それと、シフォンならいけるんでは?
あとは…味噌作りとか、ウインナー作りはどうでしょう?!
着実に料理レベルをあげてますね。ピザだと娘ちゃんもトッピングから参加できそうですね。こねるつながりでハンバーグはどうでしょう?フライパンの火加減の経験にもなります。
この際、魚さばいて、包丁王子をめざす!
今度はラーメンだな!出汁をとるところから!
Facebookのコメントたち
当時自分のFacebookには意識的に息子の異変を書くことはしませんでしたが、やっぱり投稿の端々に「学校の再開が待ち遠しい」と書いてありました。
3月下旬。
息子を気にしながら私と夫は出勤を続けていましたが、日本の新型コロナウイルス感染者は急増し、会社員の夫が一足先に在宅勤務となることが決定しました。我が家はこれに、一筋の光が見えたような気がしました。
学校や塾の宿題が手に付かない。食事も取らず、読書やゲームに夢中になっている様子もない。一体息子はコロナ休校中の日中をどのように過ごしているのかについて、少なくとも知ることができるし同じ家の中で見守ることができるようになるであろうことを期待しました。
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