みなさんこんにちは。
今日も当サイトへお越しくださり、ありがとうございます。
突然ですが、昨秋に放送されていたNHKの夜ドラマ『ひらやすみ』をご覧になった方はおられますか?
私はこれを、かつて私が学生だった頃に数学を教えてくださった恩師から勧めを受けて見ておりました。
その恩師は今も富山県内の通信制の高校で教鞭を取っておられます。私の活動や新聞連載も読んでいてくれたよう(↓)。
私は、高校時代から軽く30年が経とうとする今もなお、その恩師とLINEを介して交流を続けています。多様な生徒を見てこられているその恩師は、私の息子のことも話を聞いてくださって、よく私を励ましてくださいます。

『ひらやすみ』は見ましたか?主人公のヒロトくんが、ぼっちゃん(←私の息子ね)の印象と重なりました。そして主人公の従兄弟の子もまた、どこかギフテッドの素質があるのでしょうね。考えさせられると思いますよ、オススメです。

今はAmazon Primeにて、全20話を視ることが可能です。1話15分という見やすさですので、よかったら(↓)
それから私は夕食のあとなどに娘と一緒に見始めて、大変な感銘を受けました。世間でも広く好意的に受け止められた様子ですね。そりゃそうだと思ったよ、ほのぼのとしているようで、現代に生きる子供達の難しさもまたしっかりと描かれていたからです。
そう。
戦い続けることに疲れてしまうことは、誰にでも起こること。本作はそういう話です。
私たちはいつの間にか、こう信じていないでしょうか。
『頑張れば、きっと幸せになれる』と。
さらには、努力の量と幸福の大きさは比例するものだとさえ思っている。
だから私たちは我が子に対し、子供のうちから塾に通い、受験を突破し、弛まぬ努力を重ね続けて勝ち上がっていかないと幸せをつかめないぞと言わんばかりの空気感を纏わせてプレッシャーをかけています。
だけど、本当にそうだろうかと感じました。
もちろんこれはフィクションですので『いやいや現実的にはそういうわけにも…』と口を挟みたくなる気持ちは私も同じ。
だけど多数派の中ではどんな枠にも収まらない主人公のヒロトくんを、私はドラマを見進めるにつれ、どんどんと、息子と重ねていきました。息子も、こうやって幸せを探して生きていけば良いんじゃないか、と。
主人公は、20代も後半にもなるのに仕事はバイトくらいしかしていない。しかしその背景には、成果を求められる戦いの世界で傷ついてしまった経験がある。身の丈に合った生活の中で、自分軸をもって生きています。
まっすぐで、優しくて。大切な人を待つこともでき、苦難には全力で手を伸ばせる。頭の良い、確かに思慮深い青年です。
ドラマの中でとても印象的なセリフがありました。社会の中で消耗していく主人公の友人が、主人公の有り様に対して呟くセリフ。
“俺はあいつより頑張っている。それなのに、頑張っている自分より、なんであいつの方が幸せそうなんだよ…”
いやいやこれは全くそう。本当に考えさせられたと思いました。

息子もそうであるのですが、一般的な評価の定規に乗らない子供はしばしば“足りない側”に置かれます。不登校や不適応、どうしても否定的な意味合いがそこに入ってきてしまいます。
枠にはまらないということは、どういうことか。
そもそもその「枠」ってなんだ?誰が決めたものなの?
それをいうなら、私自身もそうでしょう。私も枠の外側です。学生時代は国立大学で安い学費で高いレベルの基礎教育を受け、大学院では最先端まで手を伸ばせる高度教育の中で過ごしました。確かに同期や先輩後輩たちは今や世界の一線で各々戦い抜いています。彼らから見れば、今の私は意味不明だと思うよね、笑。『好きなことしかしていない』『受けた教育の割には社会に貢献していない(稼いでない)』と今にも聞こえてきそうですが、事実ですのでそりゃそうだと言うほかはない。
それでも私は、今の私の状態をかなり気に入っています。
子供達が好奇心の芽を伸ばしたときに、どこにでも連れて行ってやれること。一緒に勉強をできること。自分を失いそうなストレスなどの耐え難いほどのものに出くわしたらなら一目散に退避できること、これは子供達にもそうしてほしい。心の健やかさこそが財産なのだと、子供達に胸を張って伝えてやれることも大切だと思っています。
私のキャパシティもそう大きくはありませんので、もしも私が今ストレスと隣り合わせの仕事やら何かをしていたら、余裕は全くないだろうなと思います。
戦い続けられる人は、そのままどうぞ走ってください。こちらのことはお気になさらず、どこまでもどうぞ。
だけどもしそうでないことがあったとしても、心の健やかささえあれば、枠にはまらない今の自分を引き受けていける日がまた来るのです。
自分を失いそうになってまで、何かを勝ち取り続けなくていい。
どうか、健やかであってほしい。
息子にも、
そして自分にも、
必要なときには心の底からそう言える自分でいたいと思いました。
そんな秋季の夜ドラでした。もしご関心がありましたら、ご覧になってはいかがでしょうか(↓)





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