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なぜ、笑ったのか

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徒然思うこと

みなさんこんにちは✨

今日も当サイトを見にきてくださり、ありがとうございます✨

まず最初に、先週に書いた発達障害児に対する暴言・体罰に関する投稿についてご意見をくださった方々、ありがとうございます。

投稿は、読んでくださった多くの方の心を沈ませモヤモヤさせました。複雑な想いだったり深い洞察なども寄せていただきました。私のような素人の書いたものを読んでモヤモヤさせたんじゃあ申し訳なかったなとも(今更ながら)思いましたが、やっぱり私も今でもモヤモヤしていますね。

だけどこのようなことは起こるのだと知っておく、考えておくことは悲しいながらも大事なことなのだと私は尚思っています。

関連して、つい最近のニュースではいじめによって自殺してしまった子供について、ご両親が訴えたにも関わらず学校が組織的な対応をせずに事態が深刻化したという報道を目にしました。10年前のことだそうです。

これも根本は全く一緒なのだろうなという想いが湧いて、私はとても悲しくなりました。

一体何が、そうさせてしまっているのでしょうか。

日本の同調圧力下において組織のトップに立つような人というのは、みんな事なかれ主義なのか。これまで打たれるほど出ないことで生き残って来た人たちなのかもしれません。だったら物を言うことには弱いのかなぁ。彼らは思考停止をしていないか。誤って空気を読んでいないか。トップに立つ人がやるべきことは『その状況を、なんとかする』ことでは?責任を取ることは退くことではありません。終わりじゃないはず、仕事のはず。周囲との信頼関係をうまく繋ぎ、協働的に問題解決に取り組んでいってほしいと願います。

だけど我が国の根底には、どうやら“事なかれ”とか“時間が過ぎるのを待つ”とか、そんな風潮があるらしい。これから少しは変わっていくのか、それとも我が国の根底はこのままなのか。

私にはわかりません。複雑な想いがしています。

 

さて、今日はモヤモヤ繋がりで申し訳ないって言っときながら!ヲイ!😨)今年にノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎先生のお言葉と、それに対して会場で漏れた笑いについてがちょっと不思議だったので記録しておこうと思います。

私もニュースで物理学賞の発表を知り、報道番組でですがこの会見の映像を見ていました。

真鍋先生のご発言により会場に笑いが起こったのは、一体どういう意味だったのだろう?

私にはこの、“なぜ笑ったのか”が全く理解できませんでした。今も理解できていません。誰か教えて。

わたし
わたし

深い人生経験を持つ方による遠回しかつ単刀直入な言い方が『言い得て妙』だったことが面白かったのかな?と思うのですが、なにか違うような気もまだしています。

ノーベル賞の素晴らしさと併せて伝えるべき

これは日本の賞じゃない

先週、真鍋淑郎先生が今年のノーベル物理学賞を受賞されたことが日本で大きく報道されました。

素晴らしい研究成果ですね〜。気候変動のご研究は、生涯をかけて、さぞやりがいのある研究テーマだっただろうと感動します。羨ましいです。おめでとうございます。

 

だけどね、待って。良く考えて?

この方、日本でお生まれになったのは間違いないけど、日本はこの受賞には全くもって無関係。

これは日本のノーベル賞じゃ、ないからね?

私

どうかお考え違いをなさらないであそばせ

ってなことの一つでも言いたくなっちゃう気持ちになります。

 

だけど日本政府は喜んでいました。なにやら新しい首相も『誇りです』と賛辞を述べたと報道されてる。

百歩譲って。いや、300歩くらい譲ってだよ。

日本で生まれた偉大な先輩が偉業を成し遂げたことは誇らしい。特に故郷が同じだという人には土地を誇る何よりの名誉だろうし、それはとても喜ばしいだろうと思います。

だけど、国家としては無関係。

これは米国で成された研究成果であり、米国の研究者の栄誉であることをわきまえなくてはなりません。

全体を確認してみることの重要性

しかもその会見で真鍋先生は、『日本に帰りたくない理由の一つは、〜』とまで明確に理由を挙げられています。国民性も仕事環境も合わないんだって。すんごいね、日本は本当に無関係😅

ふと、私がここで気になったのは、その真鍋先生の返答に対して会場から笑いが漏れた場面が写っていたこと。真鍋先生は普通に話されているように見えたし、何よりそうおかしな話ではなかったように見えたのですが、私はなぜ周囲が笑ったのかが不思議でした。

え、いま笑うとこ!?

その会見の映像が気になって、私は今一度、Youtubeで全体を見てみました(↓)。

News Conference for 2021 Nobel Prize in Physics: Syukuro Manabe

ここでちょっと話は逸れますが、何かが気になった時に確認する際、私は以下を外さないようにしています。

  • 必ず自分の目と耳で見聞きすること。
  • 切り取られていない、脚色されていない、全体を見ること。
  • 翻訳されていない、原文で見ること。

そうじゃないと、自分で考えることが出来ないから怖いです。息子にもいつもそう言っています。自分の目と耳から得たものを必ず軸として信用しろと。

 

例えば、私が若い頃、研究を教わった師匠から聞いた話でこんな人がいたのです。

大学院入試を受けるために必要な書類の提出は『○月○日までなんだって』と友達が言っていたのを鵜呑みにして確認せず、間に合わなかった人とかね。あまりにもアホくさい例ですが、本当にあった話らしい。

言った/言わないもそれに近いかもしれません。事実がそれぞれの真実にそぐわないことがあるのです。

印象操作、悪意をもつ印象操作も怖いです。若しくは必要以上に他人を貶めたり、被害妄想なんかもそれに近いのかもしれません。

やっぱりね、人を挟むと曲がり得る

このことを私は常に留意しています。

なぜ笑ったのか

さておき、全体から見るに真鍋先生はやっぱりおかしなことは言っていないと思いました。お話し中に、二度笑いが起きています。

『Can you tell me what is the main reason for you to change your nationality from Japan to the United States? Why did you change your nationality?』

という質問への返答において、一度目は真鍋先生がこう仰った時でした。

『You know, they keep thinking other people, don’t do something which disturb other people. In the U.S., in Japan, if you ask some questions you get answer “Yes” or “No”. When Japanese say “Yes”, it does not necessarily mean “Yes”, it could be “No”.』

(日本で“Yes” or “No”と答える形の質問があるとき、『Yes』は必ずしも『Yes』を意味しません。それは『No』の場合もあるのです

 

二度目は引き続きのお話し中にこう仰った時。

『So that is one reason why I don’t want to go back to Japan, because I’m not capable of living harmoniously.

なぜなら、私は他の人と調和的に生活する能力を持たないからです

日本の悪しき風習を揶揄した際に笑いが起きてる。

Youtubeの動画を見てみると質疑応答において真鍋先生は多くの重要な指摘をされており、どれもノーベル賞の受賞と一緒により深刻な課題として報道されるべきことばかりだと思いました。

 

切り取られたニュースを見ていた私は、なぜ会場で笑いが起きたのかを本当に理解することはできませんでした。本当に全然わからなかった。私だけが理解できていないのかとちょっと焦ったくらいです。

だけどこの動画を見て、なんとなくわかったようにも思ってきました。

 

それはあるネットニュースで書かれていたような、

“真鍋先生は「私はまわりと協調して生きる能力がないからです。それが日本に帰りたくない理由の一つです」などと語り、会場の笑いを誘っていた(なんかのネットニュースの記事より抜粋)”

という謙遜やジョークのような話では全く無かった。次元が違う。

ここではもっと深刻なメッセージが発せられており、その場にいた教養高い人たちにはその深刻さが伝わったので、これは『(みんなが思っていることを)よく言ってくれた』という意味での笑いだったのかなと私は思った。

『だよねーーー!』って感じで湧いたのだろう

実際に真鍋先生のご発言後には司会者の方も笑いながらこう仰っていました。(←これは元動画を見ないとわからないことでした。)

There are some feelings to look out for. The folks on the top who have a question. I don’t want them to feel left out.

注意を払うべきいくつかの感情があります。 質問があるトップの方々、私はこの感情を無視されたくはありません。

それでも日本は変わらない

日本でなんてやってられない

真鍋先生が日本を出られて拠点を米国に移されたのは60年も前の話だと言うことです。

その時から、日本は研究環境として適さなかった。

だけどそれは60年経った今でも変わらない。

これは大問題だと思います。

以前の記事にも書きましたが(↓)、なんならその後さらに国立大学は法人化され、若手研究者には任期制雇用が導入され、もっと状況は悪くなっていると言えるでしょう。一体どうしてこうなったのかねと不思議だわ😩

日本にお生まれになった方でも、このような日本の風潮に嫌気がさし、海外へ移って世界的な成果を成し遂げられた方は私なんかがパッと思いつくだけでもかなりいらっしゃるように思います。

研究者で言えば野口英世氏もそうでした。青色ダイオードの開発でノーベル賞を受賞された中村修二氏もそうだった。

関係ないけど、私は以前に中村修二先生と一緒にノーベル賞を取られた天野浩先生と一緒に登壇したことがありました。右端が私。左端が天野先生。この時息子も同行し、天野先生とお話ししました(息子は覚えてないらしい😅)。

日本の同調・協調は、ある意味で変化を嫌い、変化をさせないように監視しているのではないかと思えてきます。時代は変われども変革を起こす人にはとても住みにくい土地柄なのだと痛感します。

真鍋先生の質疑応答の中にもありました。

『What are your thoughts on how to improve in the environment of universities and research institutes in Japan?(日本の大学や研究機関の研究環境の改善策についてご意見をお聞かせ下さい)』と尋ねられ、

『But I thought that recently, Japanese research, I think they are doing less and less curiosity-driven research than before.(最近の日本における研究は、以前にくらべて好奇心に駆られた研究が少なくなってきているように思います。)

そう。日本はもはや、好奇心では研究職をやってられない国なのです。それは好奇心と研究職の維持は両立がとても難しいから。

さらに研究者による科学的見解も尊重されない。科学者自体が尊重されない。

『And I think the way scientists something advise decision-maker in Japan, this channel between scientists and policymakers……They are not communicating with each other.(日本では、科学者が意思決定者に助言する方法、科学者と政策決定者の間のチャンネルというものについては、双方がコミュニケーションを取っていないと思います)』

これは由々しい事態です。

以前にも書いた気がしますが、感染症の専門家が準備して発表した提言を、政治家が「自主的な研究の成果の発表だと受け止める」とかなんとか言ったことさえありました。

あの対応は、悲しかった。

こんな国で研究者をさせられる意味や意義が、一体どれだけ持てるだろう。この国はもう終わりだな、とさえあの時私は思いました。

知っててやっているのか

ちょっと話はそれますが(←またかよw)、最近の小中学校の基礎教育においてアクティブラーニングの一環として『未知なる問題にアプローチする術を学ぶ』という着眼点もあるようです。

これは子供の時から研究活動に取り組んで、医師・研究者として必要な科学的視点や思考法を養っていくというものらしい。

自称科学技術立国を目指す日本は子供をそうして研究者に憧れるように仕向けている節も見られるのですが、私はこれを、個人的な意見ですよ?実はとても危惧しています。

科学や研究は面白いので夢中になる子は絶対にいます。

だけどその先、それが職業として成り立たないことを知っての上で進めているのかが疑問なのです。

博士号を取るのは最短でも27歳、それまで無給。その後も給与は低い(人によって差があるけど)。任期制雇用といえば聞こえは悪くないかもしれないけれどフリーターみたいな働き方です。子供を産んだら研究に集中できなくなり、競争力は下がります。次の椅子が取れなくなる。ましてや国からも組織からも、誰からも大事になんてしてもらえない。

そんな仕事環境に陥ることを知っていて、子供にそう仕向けているのだとしたら危険です。知らないでやっているならもっと危険!

そうしたいのなら、即刻日本をアップデートさせなければなりません。

 

どんな立派な船であっても、アップデートとメンテナンスをしなければ劣化をしてとても海を渡れません。

優秀な人には、その船が海を渡りきれないことが視えてしまうのです。だからその船に乗りません。

日本の同調・協調は、沈む時も一緒に沈むのを黙って見守ることかもしれません。

だけどそれを許容できない人は、この船に一緒に乗ることを辞退するわけ。

だから優秀な人は海外へ出ていく。当然の流れです。

 

もちろん日本の暮らしでいいところもたくさんあります。その一長一短を熟慮した上で、自分にとって最善の選択ができるよう、私たちは教養を積むことが肝要です。

同調と協調の恐ろしさ

日本という船では海を渡れないと(少なくともそう思う人がいる)いう事実について、真鍋先生はさも『この環境でうまくやる能力が私にはとても備わっていないので無理なんです』という口ぶりで指摘されたのが今回です。

深い人生経験を持つ方による遠回しかつ単刀直入な言い方です。『言い得て妙』とはこのことです。

なるほどなぁと思えてきて、ちょっと笑ってしまいました。

そういうことだったのかなと思いました。

 

だけど少なくとも日本人は、笑っている場合ではありません。

笑っている場合ではなく、そんな暇を真鍋先生やそのほかの多くの気鋭の方のように、世界を進め、子供たちを守ろうと真摯に活動する人たちを素直に応援することに使わなくてはなりません。

 

先ほど、日本の同調・協調は、時に変化を嫌い、変化をさせないように監視しているのではないかと思えてきますと書きました。

この『監視』というのが恐ろしいなと思っています。

私は登山が好きなので登山関連の情報は積極的に目をやりますが、ここ最近ではこんな物言いが目立ちます。

“コロナ禍で登山に行って事故に遭うのは自己責任。救助してやる必要があるのか?”とか“救助費用はどうか全額請求してやれ”とか、そういうの。

冷たいよねぇ…😩

ちょっと同調や協調から外れたら、もうこの物言いだもん。怖い怖い。

日本が途上国に莫大な援助をしていることは(みんなが良いって言うから)OKなのに、自国民が山で事故に遭うのを助けてやることはそんなに許せないことなのかと悲しくなります。

尊重してあげてよ、その上で助け合いだよ、大事なのは。

自分に被害があるわけじゃないじゃん。関係ないじゃん。口を出さなきゃいいのにと思っています。

 

もう一つ言うならば、天皇家のお嬢さんが好きになった人と結婚するのになんであんなに反発するのか私にはちょっとわからない。

配偶者になる人の親御さんに少々疑問があるという話ですが、それはあくまで親であって、親といえど他人でしょう。彼自体は目標を定めてしっかりやってるし、今だって逃げずに彼女を迎えにきたし、気骨のある青年のように見えるけど。

『幸せになってほしい』と願ってのことかなと気にもしないでおりましたが、もはやすでに攻撃とまで言える状況になっているので見ていて不快に感じることも時々あります。

 

そういう背景を含めての、あの時起こった笑いは日本を嘲笑したものだったのかもしれないな、とも感じています。

コメント

  1. hirop より:

    一つだけ真鍋先生の渡米のことについて

    真鍋先生が渡米したのは1958年で、彼がやりたかった最先端の気象学がアメリカしかできなかったからじゃないかな?フォン・ノイマンの立ち上げたプロジェクトに参加し、まだアメリカにしかなかった草創期のコンピューターを使って気象モデル構築に寄与したという話だったと思う。下記の本に書いてあったはず。

    参考) 温暖化のとは何か スペンサー・ワート著 みすず書房 2005

    最先端の科学を求めて海外に行くのは、当時普通のことだったんじゃないかな。生物学でも岡崎フラグメントの岡崎玲二、常子夫妻がコーンバーグのところに留学してるし、利根川先生はスイスのバーゼル研のダルベッコのところに行ったりとかしているね(私の恩師もフランスのパスツール研に留学していたよ)。

    少なくとも渡米に関しては日本国内でパージ(?)されたからじゃないと思う。
    日本でなんてやってられないんじゃなくて、できる環境がアメリカにしかなくて
    上記プロジェクトに採用されたので渡米してキャリアを積んでいったと私は理解しています。

    インタビューではアメリカ国籍取得の理由の一つとして、日本の協調性の話をしていたけど
    1975年頃の日本でアメリカと同じ計算機環境があったとは思えないから日本に戻るという選択肢はなかったんじゃないかな。先生のスパコン使いまくり伝説からするとアメリカ以外で研究できないでしょう。

    渡米、渡欧して日本に帰ってくる人もいれば、水があってそのまま日本に戻ってこない人がいる(利根川進先生、下村脩先生とかね)だけの話だと思います。戻ってきた人も、日本でいい仕事してる人もいくらでもいるしね。

    おまけ
    ここまで書いてから、真鍋先生のwikipediaがすごい詳しくなって更新されているのに気づいた。
    編集履歴を見るとノーベル賞受賞後に記述量が10倍以上増えている(笑)。ご参考まで。

    じゃね。

    • hirop より:

      書籍タイトルが間違っていました。

      温暖化のとは何か スペンサー・ワート著 みすず書房 2005

      です。

      • hirop より:

        ごめん。このコメント欄は英数字の<>があると囲まれた部分が表示されなくなる仕様みたいだね。コメント欄を後から編集できるようにしてくれると嬉しいです。

        書籍タイトルは

        温暖化の<発見>とは何か スペンサー・ワート著 みすず書房 2005

        です。

        じゃね

        • おはようございます。さすがの研究者視点、ワクワクしました。ありがとうございます😊

          当時は分子生物学領域においても、おっしゃる通り米国に行かなければできないことがたくさんありました。遺伝子クローニングひとつ取ってもそうですし、人脈づくりや経験など。そしてそれらを持ち帰った世代によって我々が学べたことは事実であり、とてもありがたいことだと思います。

          最近ピリピリしていたこともあって、ここ最近は少々書き振りが偏りました。気にしてはいたんですが、実際に思うところではあるのでその辺はまぁご容赦ください。

          でもさ、水が合うって大事なことですよね。精神的な自由を手に入れるというのは何にも代えがたいことのひとつだと思います。
          いずれの土地にも素敵な面も嫌だなと思う面もありますが、その一長一短を考えて、その上で自分にとってより良いと思える選択をできるってすごく大事だと思います。そこにいるしかないという決まりはないのです。当たり前なのに、なかなか行動できるものではありません。

          息子には、どうかいろんな世界を知ってほしいと願っています。私としては息子が自立する場所はたぶん日本ではないのだろうなとは思うけど、それは本人が決めることなので私は他の選択肢もあることを知らせ続けるだけですが😅

          本も次に読んでみますね。息子も好きそうです。

          >コメント欄を後から編集できるようにしてくれると嬉しいです。
          了解です。少々お時間いただきます!

          引き続きよろしくお願いいたしま〜す!

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