みなさんこんにちは✨
新年度が始まりましたね。滑り出しはいかがでしょうか?
我が家はなんとか順調そうです。始業式の日、学校から帰った息子は、
担任の先生が、5年生から変わらなかったよ!同じ先生だった!
と喜んで報告してくれました。クラス替えもありません。今春の息子の環境変化は最小のうちに済んだようで私は大きな安堵を感じています。
私の息子は、とにかく環境変化に敏感です。
息子が小さい頃、私も忙しく働いていたのであまり気にしてやることはできなかったのですが、とはいえ度々みられた息子の不安定な表情だったり、何度かあった『学校に行きたくない』という発言や態度はいつも何かしらの節目であったりイベントだったりをきっかけに起こっていたような気がします。
今では背丈も母親を超えて、すっかり大きくなった息子ですが、それでも不安材料は少ないに越したことはありません。この春は、最小の環境変化で済んで本当に良かった。楽しい1年間を過ごしてほしいと願っています😊
ちなみにですが、始業式の日、息子の担任教諭はお子さんの入学式に出席のためお休みだったとのことでした🙌
それを息子はまるで珍しいことかのように教えてくれたことが印象的です。
だけど先生は今日はお休みだったからいなかった!子供さんの入学式なんだって!
先生方も、お忙しいよね。教員の長時間労働が課題となって久しいですが、教員も(他のお仕事も)もっと自分の生活ありきで回れば良いのにと思います。
もう少し先の将来においては、どうか担任教諭がお子さんの入学式でお休みであることが話題にすらのぼらないほど“当たり前”になってほしいものだと思ったりもしたりして。全ては人員不足に原因がありそうな気がしていますが、どうでしょうね。
これ(↓)もどうかと思いますよ。
ただでさえ忙しい先生が、経験を増やすという目的のためだけに全員がこのようなプログラムに参加する必要はないと思う。研修とかじゃダメなのか?
何より最も考慮しなくてはならないことは、特性があって支援が必要なお子さんは環境変化に特に過敏であることです。
支援級のお子さんをまるで“教材”だとでも思っているのでしょうかねぇ?最大2年で不慣れな先生がコロコロと入れ替わり立ち替わりやってくることそれ自体が支援級のお子さんにとってどれだけ負担かなどを考えてみても、とてもではありませんが良い政策とは言えなさそうです。教員と支援級のお子さんと保護者の負担は増えますが、それ以上に得られるものがあるのだろうか。(言葉を選ばずに言えば)お飾りのような形式的な腰掛け参加はきっと負の影響を引き起こすのではないかと心配で心配でなりません。
とは言えね、“知る機会”が増えるという点については賛成です。
人は誰しも特別です。当サイトでも便宜上において“多数派”としての定型発達、“少数派”としての非定型発達という表現を用いることもありますが、これらは決して優劣がつくものでなければ、どちらが理想というものでもありません。普通は幻想です。真に普通の人はおりません。非定型発達の人は、決して定型発達を目指して育つべきではないはずです。
だから学校の先生方が多様な生徒と接することで『こういう人もいるんだなね』って、個人の在り方の一つとして受け取る機会となるなら良さそうです。そして可能であれば、この人が幸せに生きるためにはどのような支援が必要かということに想いを馳せてもらえるならば、それはとても素敵なことだと思います。
さてさて、4月2日は世界自閉症啓発デーでした。また、その後の1週間は発達障害啓発週間として、様々なイベントが催されました。
私たちも、東京タワーのライトアップを見に行ってきましたよ😊
たくさんの人にまずは知ってもらうこと。次世代と課題を共有すること。
それがパラダイムシフトを起こす、大きな波になっていくことを期待します。
コメント
少し前に比べると男性社員の『子供の入学式でお休み』が増えて来た気がします。ゆっくりとですが確実に変化してってますね😊
会社でもそう感じられるようになってきているのね🤗入学式も運動会も、しっかり休んで参加するのが当然だと思います。
なんなら夏休みも「3日」とかじゃなく1ヶ月くらいどーんと取れるようになったらいいよね〜!🤣