みなさんこんにちは✨
今日はちょっと簡単に、最近私が読んでめちゃくちゃ面白かった本をご紹介方々記録しておこうと思います(↓)。
いやー、面白かった。
私は英検の二次試験の勉強もやらなきゃいけないのになんのその、一気に読んでしまいました🤣
自然科学史に関する書籍は多い中で、そこで科学者が神をどう感じていたかの距離感が論説される場はなかなかない、そんな独自の着眼点で書かれた書籍だったと思います。著名な物理学者である三田先生のお考えも大変興味深くて面白かった。
私がこちらを手に取ってみたきっかけは、娘の小学校選びです。
私の娘には場面緘黙症という困難があり、それも今では彼女の多大な努力と支援者からの温かいサポートに恵まれて乗り越えようとしているところではあるのですが、
私たちはどうか彼女が安心して学習できる環境を得られるようにと願いながら、選択肢の一つとして私立小学校を受験することも視野に入れて検討を進めているところです。そのために、就学後の娘の教育環境としていろいろな学校のお考えや理念などを知っていこうとしています。
もちろん場面緘黙症は、情緒障害として特別支援教育の対象となる疾患であり、地域の公立小学校に就学しても相応の配慮を受けることが可能です。
だけど、それしかないと、そういうわけでもありません。情緒学級や支援学級で学ぶことが、果たして彼女にベストの選択だろうか。娘もまた私や兄と同様に高IQの気質がありそうですので、私はその配慮もしたいと思っています。
幸いにも私たちはたまたま東京都内の都心部に住まいを構えていますので、学校の選択肢が多いことには本当に恵まれています。ありがたいことです。だから娘の教育環境に関してももっともっとと考えを深めていけるのだと思っています。
そんな折、私はずっと気になっていました。
私立小学校の中には、その設立や教育理念がキリスト教などの宗教に密接に関連する学校も多いのです。
だけど私自身は特に宗教や神というものを意識して育ってきてはおりません。そのような宗教的な背景が全くない私たちにとって、その学校に入学する意義はなんなのかと私には分からないままにおりました。
『お天道様が見ている』
私が小さい頃などには、よくそう言われたものです。
私自身もこの考え方はとても良いと思っています。誰に見せるためでもなく善行はお天道様が見ているのだと粛々と行い、そして悪行は誰も見ていなくてもお天道様が見ているのだから(回り回って自分に返ってくるのだから)控えるべしと戒められる思いです。
だけどこの“お天道様”は私にとっては神ではないな🤔それは“ただそこにあるだけのもの”で、教えを受けたり自分を守り救ってくださったりするものではないだろうという考えです。私にとって、お天道様は自分を律する指標の一つに過ぎません。
これはそんな時にたまたま目に入った1冊でした。
軽い気持ちで手に取ってみた書籍でしたが、本当にすごく面白かった。
かつては研究者という仕事をしていた私も、たくさん体感してきたではないか。物を知るほどに感じる自然科学の精巧さ、秩序正しさ、私はそれらが本当に美しいと感じられて心からの感動を覚えました。数式を通して見える向こう側に『この世界はなんと上手くできているのだろうか』と震え、立ち尽くしたのです、何回も。
私なんぞでさえそんな自然科学の美しさに触れて強すぎる感動を覚えるくらいですから、かつての偉大な科学者たちが感じた感動は一体どれほどだっただろうか。そこに“神”を意識する、意識せざるを得ない気持ちが非常によく伝わりました。
まぁ結局当初の目的であった『愛娘を宗教系の私立小学校に入学させる意義』についてはまだ考えているところなのですが😅、感動のほかに学びも多くありました。“神”と“教会”と“宗教”は時に混同されやすく、私自身もそれは混同して捉えていた節はあったな、とかね。そんな気づきと言葉の捉え方や考え方もたくさん学べました。
良い本読んだよ。嬉しいな。
またいつか読み返したいなと思っています😊
科学史の発展が科学者とともに書かれた本書は物語のような事実です。整然さとか、ハッとするほど美しいものが好きな方や、そして科学の素養が少しでもあればさらに面白く読める一冊かと思います(↓:オススメです)。
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