みなさんこんにちは✨
本当にさ。
ギフテッド児の親であることは、ギフテッド児でいること以上にもまた難しいものだと感じています。
それは私の勝手な言い分だろうか?それともそれは相手(私の場合は息子)の立場を軽視しているからそう思っているのだろうか?
だけど私は、まさか思ってもみなかった。息子に出会ったあの時は。
私がこの子の成長にこれほど多くの喜びを感じると同時に、これほどの驚き、戸惑い、挫折や内省に直面させられることになるだなんて。
さて。つい先週のことですが、私はおそらく私ととても近い感情をお持ちの方からメールを頂戴いたしました。拝見すれば同じく難儀な子育てをされ、思い立ってブログを運営なされている方とのことでした。
その方のお心に、当サイトのいくつかの記事が留まったとのことで、先方のサイトにおいて引用をしていただいたという、そんなご丁寧な連絡でした(↓:紹介していただいたチヅルさんの記事はこちらです)。
嬉しいものだと思いました。私がここでいつもマイペースに好き勝手なことを書いている、そんな記事のいくつかがどこかの似たような誰かにとって『意識が大きく変わった』とも仰っていただけるほどに強くお心に留まること、その方がまた前を向く材料の一つにでもなったならばそんなに嬉しいことはありません。
個人のレベルからでも発信しようとする人が増えることも嬉しいです。当事者が誇りを持って発信していくことでしか、私の最愛の息子が大人になる社会に向けての変革は起こらないと思っています。
親である私たちに必要なのは、理解し合い共感し合える同志との“横の繋がり”なのだと思います。帰属意識を持てる居場所の存在は人を強くするものです。人は誰でも生きてりゃまぁまぁ色々あります。いつか私の息子にも、彼にとって帰属意識を感じられるそんな場所にたどり着いてほしいです。
2Eとかギフテッドとか言われる彼ら彼女らを育てる上で、親はいつか気がつくだろうと思います。コイツらは育てる側の“志”とか“勢い”とか、他人からの小手先のお教えのようなものだけで何とかなる集団ではなさそうだ😨そろそろ私も分かってきてる。私だって精一杯にやっている。だけどそれでも上手くいかないことがある。諦めることなく心を強く持ちながら、一歩一歩と進んでいくしかありません。
ギフテッド児も大変だろうが、私たちギフテッド児の親もまた大変なのだ。だけど私たちが幸運なのは1人じゃないと感じられること、同じ苦労を分かち合い励まし合える人は必ずいると思えることは心強いと感じています。
先週には我が家ではやや久しぶりの大きなトラブル(→息子の癇癪)がありました。私もついカッとなりますが、私にはそれを吐き出して気持ちの昇華を助けてもらえる居場所があることは幸運です。
すいませーん、吐き出していいですかー?
理屈とか抜きにこっちも人間だから、悲しいよね。(←そうなのー😭)
どぞ、暴れ自慢受けてたちまーす、笑!(←流石だなヲイ、笑)
そうなのよ、こちらだって人間なの、完璧じゃないの、大きな音や暴言とも取れる身勝手な主張を伴う癇癪はもうやるせない。1人で抱え続けたら、親が先に参ってしまうわ。
私も至らないという後悔も自省もたくさんあるけど、親が先に参るわけにはいかんのです。そのような横の繋がりに助けられ、いつか本当に笑い話になるその日まで、知識を蓄え経験を増やしただ前を向いて進んでいきたいと思っています。
コメント