みなさんこんにちは。
今日も当サイトへお越しくださり、ありがとうございます。
新年度が始まりましたね。黄色い帽子の新小学1年生の、微笑ましい登下校も見かけます。新年度、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
私の息子も、この春は無事に一応、高校生になりました。早いものです、ぐっと大人になったようにも感じますし、息子の高校入学は私にとって感慨深くもありました。

大人っぽくなったなぁ。私と息子が一緒の家に暮らすのも、きっとあとたった数年のことなのだろう。
義務教育を修了すれば、もう社会に出て働ける年齢でもあることが、私に幾分かの感慨深さをもたらしました。もちろん息子はまだまだ幼い、感情のコントロールも十分に出来ない未熟者です(←しかしそれを言うなら、私もできない笑)。しかし私の子育ての“終わり”の時期が、息子の巣立ちが確実に近づいていることをしみじみと感じてしまいました。
小学6年生の春からずっと不登校を継続してきた息子ですが、今のところは、高校には足が向いているようで何よりです。もちろんまだまだ、彼の高校生活がどのようになるかはわかりません。いつ学校に行かなくなるかと私は(夫も、そしてたぶん本人も笑)ヒヤヒヤしておりますが、もはや我々にはなるようになれと構えることしかできません。どこかで彼の目が開く、きっかけとなる出会いがあって欲しいとただただ願うだけ。私自身も、かつてまさにそうでした。この年齢での出会いが私の未来を広げたのです。息子にもどうかそうあってほしいと願うだけです。

他のご家庭からも、新年度のご様子などが伝えられてきています。
大学生になったものの、進級が危ういと笑うお母様。
ASDの特性が色濃く、あんなにずっと「早く家を出て欲しい」と思っていた息子さんが、いざ大学進学で一人暮らしを始めたら想像以上に寂しくて気力も減退してしまったと言うお母様(←私も絶対そうなると思う…)。
進学を前に、新しいことに挑戦する子。
引き続き不登校を継続する子。
ある地方都市にお住まいの、小学生の男の子。長く不登校の状態にあり、学校との調整にも気遣いを重ねてこられたお子さんが、ひょんなことからうまいこと居場所が見つかって、顔つきまで明るくなり、少年野球まで始めたという話も聞きました。(←こちらまで嬉しくなりますね😊)大切なのは、心が健やかであることです。心が健やかであればこそ、彼ら彼女らの世界はいつか広がっていくのでしょう。
さまざまですね。当サイトを訪れてくださる方のご家庭はまさにさまざまの状態が常に変遷しています。
私自身も不登校児の親であり、どこへでも情報を求め、発信し、いくつもの支援機関や支援者と関わりを持ち、いろいろな方とお話を重ねてきています。
つい先日、我が家と極めて似た状況にあるお母様が仰っていたこのお言葉は「的を得ているのだろうな」と思いました。

不登校にも色々あって。高IQだったり、思春期早発症だったり。
不登校支援という中にも、ある程度の特殊性や専門性があった方が、親の共感度や解決が早く進む気がしてる。

発達障害、学習障害、起立性調節障害もそうですし、身体的な病気や障害もそうですね。何事にも背景があり、共感の力は大きくて決して侮れるものではありません。互いに「そう!そう!」と言い合えるだけで気は楽になり、共通理解をベースに行先や落とし所が見つかっていったりするものです。
不登校に関しては、(本人も)親も頭を抱えることが多いですが、それを共感し合える場所がなかなかどうして見つからないことが現状です。
私たちは、たとえば発達障害の親の会に行ってみても、なんだかちょっと、ソウジャナイ感が拭えません。私もかつてそうでした。
地域で自治体が開催している不登校の親の会に行ってみても同様でした。
挙げ句の果てには、ギフテッドという言葉を出せば、支援者にまで『ギフテッドという言葉は嫌いだ』とバッサリ言い切られてみたりなど、そんな事例を聞いた時には酷い話だと思ったよね(↓)。
→ちなみにこの記事の後日談ですが、その方は、一旦はそのカウンセラーさんから離れる決断をなさったそうです。

あの件以降、カウンセリングで私や子どもを否定されるのはストレスになるからと医師に伝え、カウンセリングを辞めました。
優先すべきは私と子供!
そう割り切ることができたのは、やはり同じように悩んでいるなおみさんのご意見です✊🥹
そうなのよ。なかなか共感的に接してくださる支援者にも友人にも巡り合うことは難しいことが現状です。一旦離れて、何度でも、彷徨っていけばいいと思うのよ。動く中でこそ次の出会いは必ずあるし、何より我らは孤独ではない、似たような我々が同時代に生きているのだからドンマイだと言い聞かせて進んでいくしかありません👍
また、前述の、うまいこと居場所が見つかって少年野球まで始めたという男の子のお母様。高IQで、小学生から不登校の状態ににあったけれど、最近になり共感的に接してくださるフリースクールの先生と運命的に出会ったことで、お子さんの顔つきは明るくなり興味が広がり、野球にまで行動範囲が広がったというお子さん子のママも言っていました。

すごく孤独な時に、なおみさんの存在が一人じゃないんだと安心できるようになりました!
そう、共感の力はやはり大きい。
当サイトへは、孤独感が紛れたとか、そんなお言葉をいただくことが度々あります。息子の母親としてのささやかな私個人の経験が、もしもどこかで誰かの孤独を紛らわすならばラッキーとしか言えません。書いてみてよかったなと、こんな時には思います。
同時に、私自身も皆様に常に支えられていることを常に感じています。同志の存在は心強いし、共感の力なくしては励ましの言葉は届かないのだとも思います。
不登校にも、いろいろあります。
その子の気質、特性だったり、体調だったり環境だったりさまざまです。
その支援にも、ある程度の専門性でカテゴライズされていた方がいいのではないかということです。
IQの高い子はこちら、自閉傾向の子はこちらへ、多動など座っていられない子はこちら、学習をゆっくり進めた方がいい子はこちらへと、集団をある程度区分けした方がいいのだろうと本当に思わんでもありません。
それを言うなら、我が国の教育や学校の在り方自体も変わるべき時なのだと思いますね。個別対応は必要ですし、合理的配慮を特別扱い・狡いとか悪にしている場合ではない。
だけどそれにはもう少し時間がかかりそう。変わるとしたら、“教室の半数以上が不登校になったときだ”と言われます。
お?
先だ先だと言っていたら、そんな日も、思ったよりも早く来るかもしれませんがどうでしょうね。
ーーー書籍紹介ーーー
↑男というのは元来出来損ないのちっぽけなただの使いパシリの生き物です。偉そうだったり意味不明な振る舞いも「ま、出来損ないだしな」と温かく見守れる気持ちでOKです、笑。
↑最近読んで、すごく面白いと思いました。私も一昨年に実母を亡くし、親というのは大した予告もなく突如いなくなるものだと知りました。自分も行く道ですからね、全人類が当事者であるテーマが素敵。




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