みなさんこんにちは。
今日も当サイトへお越しくださり、ありがとうございます。
新しい年も明け、成人式(今は「二十歳の集い」と言うらしい)も終えましたね。
日頃から和服を着る私は、ここ数年は着付け師としても活動をしておりまして、今年の成人式は東京都の渋谷会場にて着付に参加しておりました。実はなんとも情けないことに(笑)、私はこの冬休みに娘とアイススケートに遊びに行って転倒し、右腕の骨に軽くヒビを入れてしまっておりました(まさかの骨折🥲)。
ええ、実は私、子供の頃にちょっとだけ、アイススケートを習わせてもらっていたことがあるのです。そんでこの度、娘に良い格好を見せようと「えいやっ!」と張り切ったらハデにコケて右腕を折ったというわけです(←まさに昔取った杵柄あるある、お恥ずかしい笑)。それでも怪我は比較的軽く済んでおりましたので、先輩着付け師の皆様に多大に心配をされながらも、なんとか着付けに参戦することができました。


冬休みは毎年スケートやスキーで親御さんの怪我がグッと増えるんですよ。お子さんを連れて行ってあげて、お子さんが楽しんだのならよかったですね、名誉の負傷ですよ!
受診した整形外科でもしきりにそう励まされました。自分が中年であることを自覚せよと言う戒めですが、私もまた娘の好奇心を支えるために名誉の負傷を遂げたのだと思うほかはありません。仕事に支障はなかったことは幸いでしたが、家事の上では戦力外通告となり、家庭内での地位はかなり低下したことは否めません。
それにしても、着付け師はなんとも感慨深い仕事であるなと毎度毎度感じています。
美しく立派に成長されたお嬢様たちの晴れやかな笑顔、そしてその子をお育てになられたご両親のなんとも言えないご感動の表情を、私はいくつも見守りました。そう、子供は勝手に育つようにも見えますが、やはりこれは親の功労があってこその偉業なのです。20年という大きな時間の流れを感じられる、その空気感が大好きです。
加えて言えば、追求に限りのない芸術の側面も持つ和装の着付けは、それは私の探求精神にも極めて良くマッチしていると感じています。これもまた、とても面白い仕事です。
そして成人式が過ぎるとボチボチ、受験や進路の話題があちこちで聞こえてくる季節になりました。
昨年末にまず聞こえてきたのは、当サイトの活動にもご参加くださる方のお子さんの、海外名門大学への合格という大変天晴れな話題でした。

そのお子さんも、明確にギフテッドの特性を持つお子さんです。中学受験をして都内の難関中高一貫校に入学したが不登校を経験して通信制の高校へ。振れ幅が大きい揺らぎの中をお母様が献身的に支えられ、精一杯に手を伸ばして掴んだ進路であると私もよく伺いました。
なんというか…やっぱり思わされてしまいますよね。
彼ら彼女らのエンジンが回った時の出力が、ものすごくものすごく大きいことを。(そこらの進学校の優等生にはこういうことはなかなかできない。)
そしてまた、地方などの早い地域ではすでに中学受験が始まっており、そんな話も段々と聞こえてくるようになったのが最近です。

無事に合格頂きました…。頑張るのは息子なんだけど、それを見守るのが重労働。自ら受験する方がよっぽど精神的には楽だと思いました…。

だけどもうね。
親御さんの疲弊がすごい、本当に。
先述の、海外の大学に進学する子のお母様もそうなのです。お子さんの長い不登校期を支えられ、浮つ戻りつを本当に忍耐の上で見守られてきたことに、私は畏れと敬意を抱かずにおれようか。

私、子供と二人で「疲れたね」って死んでたかもしれない。

また、ギフテッド児をお育てのお母様のよくある話で“配偶者の無理解”なども合わせ技で掛かってくると、本当にもうね、母親が孤軍奮闘になるケースが本当に多いのが実際です。
特性のあるお子さんを育てる親の基本姿勢は、「耐えがたきを耐え忍ぶ」という感じでしょうか。
我が家だけではないのだな、何人もの方が幾つもの家庭がそうなのだなと、このサイトを運営していて感じることが多いです。
子供の自立はまだ先です。多様な経験を抱える皆で励まし合い、乗り越えていけたら良いですね。
さて。実は我が家も可愛い息子が高校受験を控えています。
どうなることやらと見守りたいとは思っていますが、未熟な私は怒り心頭、呆れ続きでいけまへん。もうね、言っちゃうけど、今の時期は私もとうてい“可愛い息子”なんて言ってらんない、腹が立つやら悲しくなるやら、毎日気持ちは混沌です。

一体どういうつもりなんだよ!ふざけるな!
そう叫んでぶつけたいところを、まさにギリギリのところで耐え忍んでいる私です。おかげで私のメンタルもグラグラですよ、嫌になっちゃう、誰かアイツをなんとかしてくれ、動かしてくれ!😭
だけど私は知っています。
真に死ぬ思いで細やかな励ましと工夫を提案し、お子様の背中を押し続けているお母様がいることを。
そして何より、これは一般的な子育てではないのです。手がかかるのは仕方ない。“普通”を期待するから打ちのめされるのも仕方ない。私の息子はかけがえのない、代えのきかない唯一無二の彼なのだから、彼は彼らしく育つことしかできません(一般論は通用しねぇぞ、ということです)。
そうしていつか子供は、一人で自力で大きくなったような顔をして、この家を振り返りもせずに出て行ってしまう日が来るのです。私自身も18歳の時にそうでした。親が最大の功労者であることにも、ずっとずっと後になって、いつかハッと気づくのです。
私も息子を、いつかそうして「自分の努力だけで勝手に大きくなったような顔」をさせ、前だけ向かせてこの家から送り出してやりたいです。
だから今は私は先人達への敬意を胸に、耐え難きを耐え忍び、私の息子が彼らしくあることを見守りたいと自分自身に言い聞かせている昨今です。
当の息子本人はこう言ってはおりますので…

勉強してる!(←私の目にはしてるうちに入らない程度にしか見えない)
グッとこらえて、耐え忍ぶほかに一体何ができようか。
同志のみなさん、孤立しないで、孤軍奮闘しないでね。
私たちは本当によくやっていると思うのよ。混沌の日々の中でも、なんとか生き延びていきましょう、後で笑い話にしましょうね。
落ち着いたら、オンラインのイベントなども企画したいと思っております🙌
ーーー書籍紹介ーーー






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