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ギフテッド支援の広がりとその課題

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今の公教育はそれでいいのか?

みなさんこんにちは。
今日も当サイトへお越しくださり、ありがとうございます。

今週の日経新聞に、ギフテッド支援の拡大に関する記事が報道されていましたね。日経新聞ではギフテッド支援の取り組みの記事が度々あり、関心が強く寄せられていることを実感します。

とてもよく書かれていた記事だと思いました。

中でも私が『えっ!?』と目をひいたのはこの部分。

(抜粋)
ある生徒は知能指数(IQ)は高いが、漢字を何度も書いて覚える宿題に意味を見出せず、苦痛を感じていた。同室は学校側と意思疎通をはかり、テストで正しくかけた漢字の宿題は免除してもらうように調整したという。

すごい!今はこんな配慮があり得るのか!時代は進んでいるじゃないか!すごいじゃないか!

そう。反復練習を極度に嫌がる、これはどうやら”こういう子”のあるあるです。かつて小学生だった息子もそうでした。学習上は問題ない、テストも割と問題ない、しかし反復練習を極度に嫌がり、その傾向はずっとずっと続きました。

小学5年生の時には小賢しくも、こんな小芝居まで打ったほど😩

息子
息子

5年生から計算ドリルは廃止されたんだって。もうやらなくていいんだよ。

今となれば懐かしいとも言えそうな話ですが、私はこれに関する一連の息子の苦しさを今も苦く思い出します。

当時の私は今以上に未熟な母親だったので、私自身も「こんなのおかしい」っては思っていたけど、『それでもやっぱり学校の宿題だし…』という思いを拭いきれず、結局は息子をなだめ、褒め、叱り、説得し、ドリルの完成を強いたことがありました。

あの時の息子を思い出します。それは私を今も悲しい気持ちにさせています。

たかがドリル。

しかしそれは息子にとっては甚大な苦痛。

机に向かわせるまでも大騒動で、机に向かってからも足をバタバタ、真っ赤な顔で歯を食いしばり、机を大きな音で叩いたり、ガタガタさせてはうーうー唸り、文字は乱れて書き殴り、そうして息子はドリルをやった。

とうにわかりきっているものの反復を、意味もなく、単なる作業。そういう時間を過ごすことを強いられることが、こういう子には本当に大きな苦痛なのです。

しかもそれは誰にもわかってもらえない。息子が歯を食いしばり涙を流して、そうまでして提出したドリルは、当たり前。息子は『先生は受け取っただけで褒めてもくれなかった』と無表情で言ったことも、やっぱり今も思います。

私
私

あの時間は、あの経験は、息子にとって一体何の意味があったのだろう。

私はそんな息子を見て、

こんな思いまでして、息子は計算ドリルをやらなくてはいけないのだろうか?息子にとって苦痛でしかなく、何の成長にもなっていないじゃないか。

ずっとそう感じていました。

同時に当時、私の古い友人で小学校教諭をしている人にちょっと相談した際に言われたことも思い出す。

友人の小学校教諭
友人の小学校教諭

そんなになるまで嫌がるなんて、ちょっとおかしいね。異常なレベル。

異常なんだよ、わかっていたよ。

だけど当時の学校環境では、ちょっとおかしいくらいに、想像を絶するくらいに“こんなこと”に苦痛を感じる子もいることが、全く理解がされていないことが現実でした。

今回の日経新聞に書かれた記事は、しかしたった5年もしないうちに、知る人には“こういう子もいる”ことが理解されてきたんだな、宿題を個別に調整してもらえる環境が一部にはできつつあるのだなということが読み取れて、理解の浸透と進歩を喜ぶ気持ちと同時にかつての息子への申し訳なさが溢れてくるばかりでした。

 

社会の中で、理解が進むのは良いことです。喜ばしいことこの上ないと感じます。

しかしながら、課題もなお感じています。

まず一つ目は、正しい理解の有り様や理解しようとするモチベーションは、今なお限られた教師・環境にしかあり得ないこと。

新聞記事にはとても前向きに書かれていますが、実際に、あなたのお子さんが通う小学校ではどうですか?

決してまだ柔軟とは言い難く、まだまだ古い体制や価値観が学校運営の中心にあるのではないでしょうか?

私は昨年度から研究者時代の友人の誘いで、ある私立高校で理科教諭を務めています。私は時々職員室で、ギフテッドや場面緘黙症に関して理解浸透を企みそれとなく(?)話題にあげたりしておりますので、最近では職員室でも『今日の新聞で、ギフテッドに関する記事が載ってたよ〜』と他の先生から話しかけてもらえる機会も増えてきました。良いことだ。地道な訴求はとても大事。(今回写真に載せている新聞も、そうして翌日に職員室で分けてもらったものを持ち帰りました)

それでもやっぱり、現場の教師にギフテッドに関する理解が浸透しているとは言い難い。

同僚の高校教諭
同僚の高校教諭

そんな子、うちの学校にはいないよ、今まで会ったこともないし。(←そんなわけあるかい!)

同僚の高校教諭
同僚の高校教諭

そう言う子は、高校まで進学してくる前に、不登校とかで(全日制高校の教諭である)僕らの目には触れないところに行ってしまっているんでしょう?(←…😱)

子供が学校環境から消え去るのを、大人が無関心でいてくれるなよ!😭

そんなことを言った教師も同校におりました。なるほど、これが現実だ。配慮なんかとんでもねーなと思ったし、しかし先生は無知なだけで、知らないだけに過ぎないので決して大罪人ではないのもまた歯痒いところ。

これに対し、私はずっと、一体何をどうしたら先生達はギフテッド児を自分自身の教育課題に関わる実際課題と認識してくれるのだろう?知ろうとする動機が湧くきっかけはなんだ?と考えています。ちょっと本気で調べてみたいなと思ってる。高校教諭に片足突っ込んだおかげさまでそんな研究フィールドを得たので、独自の調査を開始しようとしています。

だけど今回、しっかりと新聞記事で報道されていたことは、現場の理解を促そうとする強いきっかけになるかもしれません。例えばさ、この記事を持って学校に行って、

私
私

世の中の流れ的に、こういう支援は当たり前になるみたいですよ〜

とかなんとか言ったら、先生方も何か言ってくれるかもしれません。意識に残るかもしれません。そういう地道さが社会を変えて、支援から、いつしか当たり前の対応になっていくかもしれません。頑張ろう!

 

私が課題だと思う二つ目は、社会の理解が全然ないこともそうですね。

ギフテッド児の支援については、世の中の大半の人にとっては他人事です。

『“そんなこと”よりもっと大事なことがあるでしょう?』と、それはSNSを見てみても思うし、当サイトにもたまにですが批判的(自己中心的)なメールなどが寄せられることもきっと同じ源でしょう。

この支援を要する人の、絶対数が少ないのです。

だから大半から見れば他人事でどうでもいい、『ふーん』って程度に過ぎない上に、高IQ児が特別扱いされてるみたいで気に入らないって人もいるようです。別個の話よ、高IQ児が支援されても、その人は何か酷いデメリットを受けるわけでもないのにね。

これに対しては『この支援が充実すると、社会全体にこんなメリットがありますよ!』って何か示ればいいのだけど、それもまた一朝一夕にはいかない上に成果が確約できるものでもありません。だけど現状のように、見殺しのような真似はしてほしくない、相手は所詮、幼い子供。大人が社会が守ってやらんとあかんのだと、ただそう捉えてくださればいいだけだと思うのですが、それはそんなに難しいことなのでしょうかと思います。

 

しかしこうして取り組みを着実に前に進めようと動いている研究者や教育者は確かにおられ、取り上げて記事にされる新聞等へも敬意を感じるばかりです。

一歩一歩、このような発信が積み重なっていくことで『いつかきっと』と期待して、私は私にできることを粛々とやっていくほかありません。

皆様の周囲の現状は、いかがでしょうか?支援と理解の広がりを、私は心から期待します。

これに関して、ご意見や議論などができればいいなと思っています。ご意見をいただける方は、お気軽にLINEなどお寄せくださいね。

ーーー書籍紹介ーーー

いつでもギフテッドは“生きづらさ”というワードとともに存在しています。ある程度大きくなられたお子さんの保護者には、『大人のギフテッド』の書籍は一度お目通しいただきたいと思います。私も何度も繰り返し読んでいます。

どうか我が子が幸せな人生を歩むようにと、すべての親がそう願っているし、ギフテッド児の親である我々もそれは同じこと。事例から学ぶことは、私たちの見識を深めてくれます。

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